黙示録の始まり

単色

第1話

私はモニターの中で走り回る鼠を見ながら、ほくそ笑んでいた。

ついにこの時が来たと。

鼠は三匹。

いかにも直情的そうなウニのような赤い頭髪の男、いかにも冷静で合理的そうな黒い髪の男、そして、修道服を着た金髪のシスター。

男二人は竜因子ドラグファクターに適応した穢らわしい竜人ドラグノイドだ。

既に世界には我々が古来から伝わる呪い、竜呪ドラグカースを研究、分析し、広めた竜因子の罹患者、竜腫ドラグキャンサーが数多にいる。

愚かしい事に、奴らはこれ以上自分達やそれ以上の被害を受ける人を生み出さない為に、この我々のアジトを攻め落とそうというのだ。

愚かしい。全く、本当に愚かしい。

人は今や増えすぎた。ただ口を開くしか脳のない愚妹蒙昧が夥しいほどの数蠢いている。

資源は有限なのだ、資本は有限なのだ。

そんな馬鹿どもに費やす無駄など無いことは、近眼な馬鹿どもにはわからない。

だから我々のような本物の賢者が人を間引き、管理しなければならない。

その為の竜因子、そして聖剣だ。

我々が開発した竜因子を宿す者のみを殺す循環閃光剣『聖剣』、そして脳を含む身体にインストールした殺竜術式プロトコル:ジークフリート。これにより我々は多くの愚者を竜化させ、選ばれた一部の人間に納得のいく形で、捨てられた人間だったものを一方的に鏖殺出来る。

既に準備は整った。

あとはこの薄ら汚い、不快な鼠達を排除するだけだ。

こいつらさえいなくなれば、選ばれた人のみが人であり続ける。

簡単な処理だ、竜因子を宿す奴らもまた、聖剣には耐えられない。一撫ですればそれで事足りる。

女に至っては今日まで竜因子に感染しなかっただけのただの人間だ。用心したところで、腰に携えた拳銃を数発当てれば事足りるし、用途は少々違うが、同じく携帯してるナイフを殺竜術式を以って振るえば済むだろう。

奴らもどういう訳か聖剣を持ってるが、我々は竜因子を宿していない。抗体があるだけだ。我々には聖剣など、ただの電灯でしかない。

これから始まるのは、ただ一方的な、戦いですら無い簡単な処理だ。

そう思うと、愉快な気持ちになりたくもなる。

そう、それだけを思えば。

そうは行かないのは──もう一つ、不愉快な事があるからだ。

竜呪は古来から伝わる呪いである。ただし、。言うなれば御伽噺だ。それをよりにもよって……こんなに都合のいい話があるだろうか?

どうにも、誰かの掌で踊らされているような気持ちになる。それが堪らなく不快だ。

世界の支配者は我々になるというのに、この不届きものめが。


 「貴様、セラフィムの一員だな。」

そうこうと、誰かも、いるかもわからない何者かに不快感を募らせていると、どうやら鼠がここに舞い込んだようだ。

私は一つ、息を吸って吐いて気持ちを切り替え、声のする方に向き直った。

そこには、件の冷静で合理的そうな黒髪の男──名前はカインと言ったか──と、件のシスターがいた。


 「おやおや、随分とマナーのなってない来客だ。お引き取り願いたいのだが?」

 「聞けないな。俺はお前達を滅ぼし、ここにある治療薬とその精製データを持ち帰る。」

 「治療薬……?……クックック……。」

私は思わず、笑みをこぼした。

 「……何がおかしい?」

 「おかしいとも、だってそんなもの無いのだから!」

 「……用意周到な事だ。俺達が来たのを察知して、急いでどこかに輸送したか。まぁいい、ならばお前から聞き出せばいいだけの話だ。」

 「クックック……違う違う、そうじゃない、無いんだ。

 「なっ……!?」

男は動揺した。いかにもクールな顔立ちが台無しの表情だ。それがまた愉快で笑ってしまう。

 「貴様達は……いざと言うときの安全策すら作らず、あんな危険なものを利用していたのか!?」

 「馬鹿げているか?愚かしいか?どうとでも言え、我々は我々よりももっと馬鹿げていて愚かしい貴様達が今この瞬間のうのうと生きていることの方が、よっぽど耐えられない!抗体さえつくれば十分だし、それでも罹患するような愚か者に人として生きている価値などない。」

 「……一度、貴様達の輪に入らないかと勧誘を受けたが。

こんな馬鹿どもでは、ますます入らなくて正解だったな。」

 「遺言はそれで良いかね?」

私はコートの裏に収納していた聖剣を取り出し、起動する。花緑青の光が、チェンソーの刃のように、ただの板切れのような刀身を覆う。

殺竜術式を意識し起動すると、身体が自然と構えをとった。


「クルード、あなたはもう終わりです。」


金髪のシスターが私を呼ぶ。

聖剣も構えずに、威勢の良い事だ。

全く現実が見えてないので、笑い話にしかならないが。

 「私に聖剣は通用しないぞ?竜因子を持つ男と何も持たない女、君達でどうやって私に勝つと言うのだね?」

 「視野が狭いな。フィジカルは竜因子に適応した俺に分がある。

聖剣が俺には通じてお前には通じない。

その事は意外だったが、なんて事はない、当たらなければ良いだけの話だ。」

カインもまた、威勢のいい事を言った。

どうやら見かけの印象は、所詮印象でしか無かったようだ。彼に声をかけたと言う同胞は、随分と短慮だったようだ。後で調べ上げ、処分しよう。

 などと考えているうちに、カインは竜因子を励起して体の一部を変化させ、構えを取った。

爪は硬く鋭くなり、額から生えた角は、電光を纏っていた。

まさに一触即発。張り詰める空気。

始まれば、どちらかの命が絶たれる、戦。

その口火を切ったのは──


 「いいえ、あなたも、どちらももう終わりですよ。」


──今に至っても棒立ちしている、シスターだった。


 「……どう言う意味だ、マリア。」

そちらに向く事もなく、カインはマリアと呼ばれはシスターを問いただす。

そして私は、ある違和感を覚える。

この男は知らないのに、


「Call:Overdrive《詠唱:暴走》.」


女は質問には答えず、何かを口ずさんだ。

すると突然──強烈な動悸が、襲いかかる。


「グッ……ぁ……っ!?」

「……っ!?ぐっ……っ!?」

私は、いや、、冷たい床に倒れ込み、悶えた。

これから殺し、万が一殺されるかも知れなかった相手も、同様に胸を押さえ、呻いている。

鼓動の音がやけに大きくて近い。体中が焼けそうなほどの熱を持っている。まるで火山だ。火山のように何か──。


「──ああああああああああああぁっ!!」


腰から、熱が迸り、皮膚を突き破る感触。

そしてそれが、何かの比喩でない事は、よく磨かれた床が鏡のように照り返すそれを見てわかった。



 「どういう……事だっ……これはっ!?」

 「もう用済みなんですよ、お二人とも。」

シスターが口を開いた。

その表情は、恍惚としていた。

ずっと焦らされていたものを、与えられたかのように。


 「助かりましたよ、セラフィムの貴方達がみんな、選民思想に取り憑かれたただの馬鹿で。

お陰で誰も竜因子の正体が、ウィルスや菌ではなく、私が開発したナノマシンである事に気がつかなかったんですもの。」

 「なっ──!?」

私は愕然とした。

 「……ああ、私が誰か分からないのは仕方ありませんよ。既に身体は全身改造済みなので。竜因子による竜腫の応用です。

私はマナリア。

貴方達がまだ木っ端な秘密結社だった頃に科学班員として在籍していた者です。」

 「マナ、リア──っ。」

思い出した。

そうだ、彼女だ。他ならぬ彼女が、竜因子を発見し、我々に提出したのだ。

しかし──

 「お前は、爆発事故に巻き込まれて死んだはずだ!」

 「四肢の一本二本千切れて残ってたからって、死んだと決めつけるなんて早計ですね。

だからこのような事になるのですよ。

それに事故じゃありませんよ。治療方法なんて探ってたから、開発の要である私諸共、私が爆破したんです。」

マナリアは冷たく、私達を見下ろす。

とても、とても愉快そうに。嘲るように。

 「貴方達はとてもよくやってくれました。私一人では竜因子のここまでの増産はたった数年では出来ませんでしたからね。

後は世界中に拡散して、私以外を残らず竜化させるだけです。

お二人とも、長い旅をお疲れ様でした。」

マナリアは床に伏せる私たちに笑いかける。

それは、本当に、心から慈しむような笑みで──。

 「マ、リア────。」

カインが彼女の方へと手を伸ばす。

縋るように、救いを求めるように。

きっと急激な身体の変化に伴う苦痛に耐えかねているのだろう。もはや第一印象など見る影もない。

かく言う私もそうだ。臓物は鍋で煮られかき回されるようで、皮膚は全て散り散りに張り裂けそうだ。いいや、実際そうなっているのだろう。

もう限界だ、"私"はここで終わる。

視界が血のような赤と黒に染まり、意識がめしいるその刹那。

最後に見えた、カインのその姿。

その指先は、真っ直ぐに始まりの方に向けられていた。

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黙示録の始まり 単色 @hitoiro116

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