漫画みたいな恋と殺人 〜タレ目のタラシがSっ気推理〜

神伊 咲児

第1話  漫画みたいな恋と殺人

まさか。と言うかもしれない。


私は20歳の女子大生にして、警察に殺人事件の解決をアドバイスする、解決アドバイザーなのだ。

伝わりにくいのでもう一度言おう。



事件を解決に導く、解決アドバイザー。



「漫画やん」とよく言われる。確かにそうだ。まるで漫画の主人公。でも本当だから困る。

思えば私の人生は殺人事件で満ちあふれていた。

オギャーと産声をあげた瞬間から、私を取り出した助産師が誰かに殺害される。赤子の私は脚をバタつかせ、犯人の看護師を指差していた。

そんな感じで殺人事件が起こるものだから、まだ20年しか生きていないというのに、私の身近で起きた殺人事件は6千件を超えていた。ほぼ毎日と言っていいほど、殺人現場に出くわすのだ。

千件くらいまでは、「もうお前が犯人だろ!」とよく言われていたが、そこを超えた辺りから、「漫画やん」と言われるようになっていた。正直、私もそう思う。

こんな人生なので、毎日何かの取り調べにあっていて、顔見知りの警官には、「まぁ、念のためアリバイを教えてください。念のためね。ないと思うけど」などと言われる。


これが日課なのだ。


日記を付けたら「今日は〇〇さんが死んで…」と恐ろしいことになる。デスノートと呼んでも過言ではない。


血まみれの毎日。


人が死にまくるのだ。明るくなんて振る舞えない。


せめて彼氏でもいれば少しは明るい毎日になっただろう………。


しかし、こんな私に男が寄ってくるだろうか?

気味悪がって逃げられるのがオチだ。

コンパなんて誘われたって行くもんか!



だから私、桜木舞華さくらぎまいかは今日もノーメイクなのである。




さて、そんな呪われた私が来たのはS駅だった。親戚の叔母が、自分の畑で作ったスイカをたらふく食べさせてくれるというので、遊びに行く途中なのだ。


改札に行くには長い階段があって、片足をかけた瞬間、それは起こった。


パンッ!パパパパパン!!!


複数の大きな銃声の後に、ゴロゴロと、けたたましい音が鳴り響く。


それは大きな物体で、私の横に転がり落ちてきた。

もうなんとなく、察しはついたのだが、念のため確認する。

胸部から多量の出血。息はしていない。


中年男性の死体だった。


うつ伏せになって倒れ込むその顔は血まみれ。もうスイカを食べたい気分はどこかへ飛んでいってしまった。


通行人が気付いて、場が騒然とする中、私はピザでも注文するかのように、110番通報をした。電話のナビゲーターが「事件ですか?事故ですか?」などと聞いてくるので、それにスラスラと答える。状況を伝えた後に私の身分を明かすと、ナビゲーターは言った。


「あ、桜木さん。今日も大変ですね」


……とりあえず、叔母さんには行けなくなったと連絡しておこう。いつものことなので納得はしてくれる。


さて、警察が来るまでの間、現場に留まり、事件解決に努めようか。


まずは現場状況から。

S駅は線路を挟んで2つの出口がある。私がいる北出入り口と、線路を挟んで向こう側に見える南出入り口だ。事件が起こってから走って逃げるような人物は見かけない。今は平日の昼前。利用客はまばらにいるだけだった。


もう犯人は駅員に捕まっているかもしれない。それに逃げれたとしても……。


階段の出入り口には監視カメラ。


ここにあるってことは向かい側にもあるだろう。バカな犯人だなぁ。駅の犯行なんて、カメラに撮られたらお終いなのに。


だから、この事件はこれで解決だな。監視カメラの録画映像で犯人特定。それで私の仕事は終わる。


◇◇◇◇


10分後。

パトカー、救急車のパトライトが回り、警察は50人を越す。現場は騒然としていた。


犯人は逃走した模様。


顔馴染みの目城警部が現場を仕切る。


「お!これはこれは、桜木さん。これはあなたの案件でしたか!」


「どーぉおも」


あくびしそうな気怠い挨拶を交わす。

なにせ一昨日、別件で会っていたのだ。

警部に会うたび、私の人生は殺人現場で染まっていく。このままでいくと生涯未婚どころか、恋人もいない惨めな人生を送りそうだ。

目城警部は、現場を鋭く観察した素振りを見せてつぶやいた。


「これは……殺人事件ですな」


うん、まぁそうだと思うよ。私がらみだしね。というか、警部は到着したばかりで事件の詳しい事情なんてわかっていない。私がいるから殺人事件と言っているだけだ。


そんな時、パトカーの横に1台の外車が停まった。真っ黄色でピカピカの外観。そのドアは真上に上がるシザーズドアだった。


こんな派手な車に乗るなんて、よほどの大金持ちか車好きな人なのだろう。


中から出てきたのはキラキラの真っ青なブランドスーツに身を包んだ男性。垂れ目で、不敵に笑っていた。


目城警部が言う。


「紹介しよう。新しく配属された警部補、勝道院聖矢しょうどういんせいやだ」


警部補?………いや、あの車はアウトでしょ!


紹介された男は、その長い脚を素早く動かして私の方にやってきた。顔をぐっと近づけて、整った白い歯を見せる。


いや、近いだろ!


と言ってやりたかった。

でも、彼のつけている甘い香水の匂いが鼻に広がると、何も言えなくなる。


彼は不敵な顔で、笑った。


「化粧っけ……ないね、君」


「……ハァ?!」


いきなり?

いきなりそれは失礼じゃない?

ちょっとカッコイイかも、とか思った自分がバカみたいじゃないか。


それから驚くことを口にした。


「その素朴な感じ、嫌いじゃない………」


そう言って、また、笑った。


何、コイツ?なんかチャライんですけど!


目城警部は咳を1つついてから私を紹介する。


「コホン、えー……勝道院、この女性が、桜木舞華さくらぎまいかさん………噂の解決アドバイザーだ」


勝道院と呼ばれる男は私をまたマジマジと見つめた。


「あぁ、この子が噂の……解決アドバイザー」


そう言って顔を近づける。

私は一歩下がってから断った。


「バカにするのはやめてください。そもそも職業じゃないんですから」


「アハハ………そうだね。署内でもさ。君の対応には困っててね。解決アドバイザーって隠語で落ち着いたんだよね。君は悪くないのにね」


屈託ない子供のような笑い方をする。


真相を暴露すると、解決アドバイザーとは警察署内でつけられた私のあだ名みたいなものだ。殺人現場にその女あり。死神女などの候補はいっぱいあったのだろうが、物騒になりすぎるからと、解決アドバイザーに落ち着いた。その中には嫌味が存分に含まれているが。



警部補はわたしの肩を抱く。驚いた私はすぐに払いのけた。


「ちょ、ちょっと!なに考えてるんですか!」


「なにって?一緒に監視カメラの映像を見に行こうと思っただけだけど……?」


「普通に歩いたらいいじゃないですか!」


「あ、そか。彼氏に怒られちゃうかな?」


「か…彼氏なんかいません!」


「あ、そうなの?ならいいんじゃない?」


「なんでそんな理屈になるんですか!」


信じられん。これは完全にセクハラだし、なによりチャライ!!!

きっと他の女にも、こんなことをいっぱいやってるんだ!


駅長室に向かう道中、私は彼から距離をとり、目城警部の背中に隠れていた。



◇◇◇◇



駅員の田中さん(小柄な女)に連れられて、私と目城警部、勝道院警部補は駅員室の片隅に来ていた。


田中さんはこの状況に興奮気味。案内を自ら名乗り出てくれた。


案内の先には9台のモニターがあってそれぞれが駅構内を映しだす。

犯行があってから既に20分は経っていた。映像を30分前から見ればだいたい把握できるだろう。


ところが、監視映像の操作がわからない。田中さんは他の駅員に聞き回る。

管理がどうなっているのか不明だが、他の駅員も一堂に分からないと言う。これは職務怠慢ではなかろうか?


「こんな事件は初めてでねイヒ!カメラなんてほとんど触らないし、わからないんですよ。電車のことは詳しいんですけどね!」


田中さんはそう言って再生機の色んな所を触っていた。


責め立てたい気持ちはあったが落ち着こう。S駅は平和だから、人が死んで、こんな事件になるなんて初めてのことなのだ。

監視カメラなんてそうそう見返すものでもない。カメラの操作がわからないのは当然か。


S駅の防犯関係は民間の警備会社に任されていた。


田中さんが警備会社に連絡すると、「近くにいるのですぐ行きます」とのことだった。


待つこと2分。


到着したのが警備会社PECOMの鈴木さん(大柄な男)


しかし、鈴木さんもわからない。おい!


鈴木さんはカメラメーカーに電話するも通話中で繋がらなかった。


問題はログイン暗証番号。


映像を観るにはこれを正しく入力しなければならないのだ。


鈴木さんはカメラメーカーにコールし続けながら、マニュアルを読んで再生機を触ったり、資料を見て暗証番号を探していた。


そこに構内の見回りから帰ってきたのが駅員の佐藤さん(中年男)


佐藤さんは以前に使ったことがあるらしく暗証番号を知っていた。

教えるのが難しいからと、自ら画面の前に座り、マニュアルの文字を見ながら入力する。


どうやら特定の文字羅列の模様。


途中エラー音が鳴ったりして「あれ?」などの不安な声が漏れるも、数分後、無事ログインできた。



◇◇◇◇



録画映像を確認する。


防犯用なので画質は荒い。そして無音。


事件は、私が上がろうとしていた高架の改札口がある自由通路で起こっていた。

犯人は南階段から出てきた。ポケットから爆竹花火を放り投げ、切符売り場で着火。被害者を含め、みんながその爆竹の騒音に注目している隙に、犯人は階段付近にいた被害者を刺殺した模様。そのまま押し倒して、長さ約25メートルの階段を転落。私の足元に到着したと思われる。

私が聞いた銃声はこの爆竹だったようだ。映像は無音だが、みんなの視線と爆竹の火花でわかった。

犯人は野球帽を被ってパーカーを着ていた。

フード付きの上着なので、その襟元はよくわからない。帽子の中に髪をしまっているのか、それとも短い髪型なのか。

帽子のツバが影になっていて目元は見えなかった。



性別は不明。



しかし、体格は中肉中背。警備員の鈴木さんよりは確実に小さい。

これだけでも十分、犯人像が絞り込める。



通行人の目線は全員が切符売り場。

そのまま犯人は反対側の南出口階段へと走った。



ここまでが北出入り口上部のカメラ。私が階段を登ろうとした所には北出入り口下部のカメラがあり、そこに私と被害者が映っていた。



犯人は通行人の目をそらして犯行に移っている。確実に計画殺人である。

このことから、通行人からの有効な目撃情報は期待できそうにない。



犯人の行動を追っていこう。次の映像を観る。



S駅は高架状の中央に改札があり、その前を自由通路が通っている。

改札出口の天井には中央カメラが1台設置。改札から駅のホームに降りる階段の入り口までと、北から南までの出入り口階段までをそれぞれ映していた。また、自由通路の壁沿いに小さなATMが確認できた。

その映像を観ると、犯人は北から南階段まで走っていた。


「犯人はこのまま南出入り口まで走った訳か…………」


そう言って勝道院警部補は私の肩に腕を回す。


「ちょ……ちょっとやめてよ!」


咄嗟に突き放す。


勝道院聖矢、まったく油断ならないやつ!

透かした笑いで謝りもしない。


「あれ?ダメだった?俺たちは協力してさ。犯人を捕まえようとしてるわけでさ。互いにがんばろうって意思表示なんだけどな」


「…………意思表示は離れていてもできます」


「そうかな?心の距離は身体の距離って言うじゃない♪」



……………コイツが言うと、なんかいやらしく聞こえてくんのよね。



勝道院はニコニコと笑いながら言う。


「2人でがんばって犯人を捕まえよう!」


「…………あの気になるんですけど。犯人に『ちゃん』付けとか不真面目すぎません?」


「そっか…………ちゃん付けダメか………んじゃ、!俺と2人で犯人を捕まえるぞ!」


「私も呼び捨てッ?!」


「俺のことも聖矢でいいよ」


「…………」


あゝ………なんかドンドンこいつのペースに飲み込まれていくような気がする………。


気を取り直して。

続きの映像を観てみよう。


中央カメラは犯人が北から南階段まで走って逃げたのを映す。犯人が階段に入るため左に曲がったところまで記録されていた。

そうなると次は南上部カメラ。これは、南階段横に設置してあるエレベーターと階段の高架から地上までを映している。


しかし、その時間だけ録画されていなかった。


故障かな?それとも犯人の仕業?


首を傾げる私たちは続いて南下部カメラを確認。これは、地上からの出入りと階段出入り口、付近を映している。


このカメラも同様に犯行前後が記録されていない。



中央カメラを犯行時刻より更に時間を戻したが、ATMで作業をしている警備員2人が映っているだけで、特に異常はなかった。



つまり、中央カメラで映っていた犯人が南階段出入り口からどうやって来て、どうやって逃げたのかわからないのだ。


犯人が映像記録を消したのは濃厚だろう。


整理しよう。


①中央カメラ、犯人映っている。

②北階段上部カメラ、犯人映っている。

③北階段下部カメラ、犯人映っていない。

③南階段上部カメラ、記録が

④南階段下部カメラ、記録が


◇◇◇◇



私たちは険しい顔で考えた。


勝道院は今までとは違って、真剣な面持ち。


なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。真面目な顔をしていればカッコイイのに……。


それにしても、誰が記録を消したのだろう?


私は殺人現場に居合わせる経験が多いから、正直、勝道院よりやり手なのよね。

ここはなんとしても私の凄さをアピールして、コイツに舐められないようにしなくちゃ。階段じゃないけどさ、アンタが下。私が上なのよ!フフン。

記録が消されている理由は不明だから、それ以外の情報が必要になるのよね。


そう思って駅員の田中さんに質問しようとしたところ………。


「録画時間はどうなっていますか?中央と南階段の消された時間」


勝道院が割って入る。


それ、私が言おうとしてたのに……。



調べると、事件が起こる数分前から映像が録画されていなかった。そして事件後、40分後から再び録画が再開されていた。それにしてもなぜ事件から40分後?今から10分前程度だ。この時間って………。


田中さん(小柄な女)


鈴木さん(大柄な男)


佐藤さん(中年男)


この3人が再生機を触った時間だ!


つまり犯人はこの中にいる?!


◇◇◇◇◇



被害者の検死結果が出た。


山本 龍太郎54歳。死因は小さな刃物による刺殺。および階段からの転倒。

闇金融で働く半グレだった。警察にもマークされている人物で、金貸しのやり方は悪どく、大勢の人から恨みを買っていた。


この情報なら、犯人は山本にお金を借りていた誰かってことになるわね。借金苦で殺してしまったというところだろうか。


目城警部は部下に指示する。部下は山本の事務所に聞き込みをすることになった。顧客リストから犯人の目星がつくはずだ。


とはいえ、膨大なリストから犯人像を特定するのは困難だろう。ここにいる3人をリストで調べても証拠不十分。やはり現場で証拠を掴まなければならない。


録画操作をできる人物は誰だろう?


てか、鈴木さんは体格の問題で犯人像から離れるからスルーでいい。

となると、2人か……。

特定できないうちはまず状況証拠から……。


「犯人は帽子とパーカー、中肉中背の人物だ」


またしても勝道院!

私だってそれを言おうとしてたんだから!



「あのう……だったら僕は違うから仕事に戻ってもいいですか?車で相方が待ってますんで」


警備員の鈴木さんが言う。

私は小首を傾げた。


「鈴木さんはこの駅の警備員じゃないんですか?」


「違います。僕は駅の常駐警備ではありません。専用車を使って様々なお客様の所に行く機械警備という仕事です」


「でも、この部屋に来るのが早かったと思うのですが?」


「それは、駅構内のATMの作業で来てたからなんです。大きな立て看板見ませんでした?仕事が丁度終わったのですぐ来れたというわけですね」


そういえばあったような気がする。

どの道、鈴木さんは犯人映像と体格が違いすぎる。あきらかに白ね。


帰ろうとする鈴木さんを勝道院が止めた。


「もう少し捜査に協力してください。犯人はカメラを操作できる人なので」


怪訝な顔の鈴木さん。


そうなるよね。勝道院め!お仕事の邪魔しちゃダメじゃないか。よし、ここは私の腕の見せ所か!


「鈴木さんは大柄よ!体格が違いすぎるわ。疑うのは失礼だと思います!」


フフン、どう反論できる?


わたしの思わくをよそに勝道院は不敵に笑う。


「フッ……この事件はカメラを操作できる人物が犯人だ」


ちょっと!今あんた鼻で笑った?バカにしてるな!この野郎〜。私の推理力をなめるなよ。解決アドバイザーの力を見せてやる。


「それはわかるけどさ!映像に映ってる犯人はどうなんのよ!鈴木さんに失礼よ!」


勝道院は神妙な面持ちで腕を組んだ。


フン!現場経験は私のが上だっての!

どう考えたってね。怪しい人物が1人いるんだから!もう当てちゃうよ!


「勝道院警部補、私は駅員の佐藤さんに事情聴取するのがもっとも効果的だと思いますけど?」


だって考えてもみなさいよ!佐藤さんはカメラのログイン暗証番号を知っていたのよ!カメラの操作をできるんだったらこの人しかいないじゃない!背格好も映像の犯人と似てるし!


私の推理に押されてなのか、勝道院は子供のような無邪気な顔になった。


「ねぇ舞華」


「………な…なんですか?!」


「俺のこと、警部補って呼んでたけど、聖矢でいいからね」


「どっちでもいいでしょッ!!!」


もぅ〜。バカ勝道院!そんなことより捜査に集中しろ!


佐藤さんはダラダラと汗を流して困っていた。


「わ、私が…ま、まさか疑われているのですか?私が暗証番号を知っていたのは以前に使ったからですよ」


佐藤さんが山本の顧客リストに入っていたら完全に黒と考えていい。

勝道院は黙っていたので、私が捜査を進める。


「では、犯行時刻、佐藤さんはどこにいたのですか?」


「私は駅のホームにいました!カメラに映ってますから見てくださいよ!」


言われるがままに確認。佐藤さんの姿はバッチリ映っていた。あれれ!?


うーん、暗礁に乗り上げた。

佐藤さんのアリバイが成立してしまった。


勝道院を見ると、再生機のマニュアルを読んだり配線を見たりしていた。


まったく、何やってんだか……。

もう録画映像は観れるんだから、そんなもん観たって今更なにになるっていうのよ!


「ちょっと!勝道院さん!今は再生機なんかどうでもいいでしょ!」


「………舞華はおたんこなすだな……どうでもよくはないよ」


「お…おたんこなす?!別に私は間抜けじゃないわよ!今は再生機なんかどうでもいいって言ったのよ!わかりますか勝道院さん!」


「よくない。聖矢って呼んでないよ」


「そっち?!」


んもうッ!調子狂っちゃうな!

呼べばいいんでしょ!呼べばッ!


勝道院はマニュアルを置くと不敵に笑った。


「犯人がわかったよ」


「「「「えッ????」」」」


勝道院は鈴木さんを指差した。


「鈴木さん、犯人はあなただ」


鈴木は震えながら言う。


「しょ…証拠があるのですか?」


勝道院は不敵に笑う。


「携帯見せてもらえます?」


鈴木は顔面蒼白。蛇に睨まれたカエルのように汗を流した。


「ぼ…僕は…仕事がありますんで!失礼しますッ!」


逃げようとする鈴木。そこに飛びかかる勝道院。


「逃げるなッ!」


あっという間に首と腕を掴んで身動きを封じる。


「痛でででででッ!!!」


勝道院の締め技に鈴木は悶絶。 

勝道院は私に叫んだ。


「舞華!鈴木の携帯見てッ!」


「え!?あ!?ハ…ハイッ!」


言われるがままに鈴木の携帯を没収。

勝道院は更に指示を出す。


「マニュアルに載ってるメーカーの電話番号。携帯でかけてる?」


すぐに調べるも、鈴木の携帯にはそんな番号をどこにもかけていなかった。


「電話かけてないよ?履歴消したの?」


鈴木は項垂れる。

勝道院は鈴木を離し、笑った。


「履歴は調べればわかるけどさ。始めからかけてなかったんだよ」


「え?!なんで?鈴木さん何度も問い合わせしてたよ!」


「振りだよ。なにせメーカーに出られちゃ面倒だもんな。時間稼ぎがしたかったのさ」


鈴木は項垂れたまま何も言えなくなっていた。その姿が全てを物語る。

勝道院は続けた。


「カメラの映像を録画させなくするにはログインしなくてもできるんだ。再生機の後ろの配線を軽く外して非接触にするだけでいい。鈴木が犯行前後でこの配線を細工したのさ」


私は目を見張った。その構造を知るためにあんなに再生機を観てたのか……。


「でもさ、しょうど…聖矢さん!おかしいんじゃない?映像に映った犯人の容姿と鈴木さんは全然違うわよ!」


「そうだね。だからさ。共犯者がいたんだよ!」


「共犯者?!」


「鈴木がATMの作業でこの駅に来ていたのは中央カメラに映っていた。その時ATMの作業は2人。共犯者が警備作業服からパーカーと帽子に着替えて犯行を行ったのさ。だろ?鈴木さん」


沈黙の鈴木。


私は目をパチクリとさせた。


中央カメラの映像は一度しか観ていない。その一瞬でここまで……。


聖矢が全貌を明らかにする。



「鈴木と共犯者は被害者の山本がこの駅を通ることを知っていた。2人は、警備会社の仕事であるATMの作業の時間と合わせて殺害計画を練った。鈴木は犯行前にATM関連のメンテナンスと称して駅員室に入り、カメラの配線を軽く抜き非接触にしていた。駅員は機械関係にうといから気づかなかった。これで南階段は記録されない。共犯者はATM作業で使っていた立て看板を作業が終わって運ぶ振りをして南階段に置く、その看板を利用してパーカーと帽子に着替える。そのまま犯行を実施して南階段上部に入り再び立て看板に隠れて警備作業服に戻る。」



聖矢は短時間でここまで………凄すぎる……。



ふと疑問に思う。


「映像は犯行後に録画再開されてるよ?これはどんなトリックなの?」


「鈴木は知ってたのさ。自分がカメラの操作で呼ばれるのをね!違和感なく配線を元に戻せるでしょ」


「だからすぐ来たのか……でもさ配線戻さない方が故障とかの言い訳がたつんじゃない?」


「それができないのさ。捜査は南階段に集中して欲しい。なにせ犯行前に駅員室の監視カメラに自分が映っているからね!」


駅員室にはしっかりとカメラがあった。


「じゃあ……メーカーに電話をかけなかったのは配線を元に戻す時間稼ぎ……」


「そういうこと♪がしたかったのさ♪」


田中さんが駅員室の監視映像を映す。犯行前、鈴木が配線を触っている姿がしっかりと映し出されていた。



10分後。

警備会社の車で待機していた鈴木の相方を逮捕。その容姿は映像に映っていた犯人そのもの。所持していた帽子とパーカー、小型ナイフが押収された。


鈴木と共犯者の2人は多額の借金をしており、山本の顧客リストに明記されていた。2人は今日付けで退職して海外に逃げる予定だった。


もしも、逃げられていただろう。


こうして、難解な事件は解決した。




聖矢は私の肩を抱く。


「舞華と俺の力で犯人逮捕に漕ぎ着けたな!」


私はその腕をそっと払いのけた。


「私はなんにも役に立ってませんけどね!」


「まぁ、そう怒んなよ。怒った顔も可愛いぜ♪」


「はぁ?!そういうお世辞、嫌いなんだけど!」


「じゃあさ、車で家まで送ってやるよ。それで機嫌なおせよ」


「………なおせよって、まった偉そうに……」


まぁ、高級外車に乗ることなんて、滅多にあるわけじゃないし、どうせこれきりだしね。


私は送ってもらうことにした。




その道中。

気になることがあったので聞いてみた。


「ねぇ、どうして鈴木が電話をかけてないってわかったの?」


「舞華はバカだなぁ。可愛いけどバカだ」


「褒めるか、けなすかどっちかにしてよッ!!!」


「怒った感じも可愛いよ♪」


「……ちょっと……もう、そういうのいいから教えてよ」


「観察だよ!」


「観察ぅう???」


「見てればわかるって♪あっ!コイツ電話かけてねーなって!」


「そんなのでわかるの?」


「わかるわかる〜舞華は鈍いからわかんないかもだけど♪」


「ちょっとねー、そんな言い方ないんじゃない?」


「だってさ。舞華、俺のこと好きでしょ?すぐわかったよ!」


「ハァッ???????」


これには私の堪忍袋の尾が切れた。


「止めて止めて止めてーー!!!今すぐ車止めてーーー!」


聖矢は急ブレーキをかけた。


「………もしかして、怒ったの?」


私はシザーズドアをグイっと持ち上げて扉を開け、肩を怒らせながら外に出た。


「歩いて帰るッ!!!」


「そう怒んなって〜。怒った顔も可愛いぜ〜」


「バカッ!!!!!!」


そんな感じで聖矢とは別れた————





それから数日が経った。

不思議なことに、あれ以来、殺人現場には出くわさなくなっていた。


憧れていた平穏な日々。


でも…ちょっとくらい刺激があってもいいんだけどな……などと不謹慎なことを考えてしまう。


もう一つ不思議なことがあった。


別に大したことじゃないんだけど……。



毎日、化粧をするようになった。

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