6話人間街(3)

「ご馳走様でした、また必ず、食べにきます」


亭主に礼を言うと、二人は店を後にした。来た道を少し戻ると、街道とは逆のわき道に向かう。


軽い傾斜の上り坂になっており、先に何があるのかは下からは見ることができない。


「ごちそうしてくれて、ありがとう。すげー美味かった」


「あそこは…味は間違いないから。別に大した額じゃないし気にしないで。それに、一応言っておくけど、私はあんたと同い年だから」


同じということは、今25歳ということ。黒髪で幼さが強調されているのか、全くそんな風には見えない。


驚くリクを放置して、ユキはすたすたと歩いていった。


繁華街から10分ほど歩いていくと、周囲の家がまばらになってくる。畑が所々に見え始めた。人間街の畑は魔法使いの街とは大きく違っている。


魔法使いの街では魔法によって植物は一瞬で育つため、ほぼ常に人間が収穫に駆り出されている。


ここの畑では人間だけで一から作物を育てているのか、収穫の跡が見える。


畑を横目に少し歩いた先に、小さな建物が見えた。表に掲げられた看板にはダイチ工房と書かれている。


正面口に入らずにそのまま右手に見える別の建物へと向かった。


何かを削ったりするような音がその中から聞こえてくる。


そこは工房のような物に見えた。


トタン屋根に区切りのなくただっぴろいガレージのような建物には、工具がずらりと壁に並べられており、中央には大型の魔道具を吊り上げるワイヤーが垂れ下がっている。ワイヤーの先にはリクのバイクがぶら下がっていた。


50代くらいの男性がその隣に座っており、バイクに対してフレームを削って調整するような作業をしていた。


「ダイさん、少し遅くなっちゃってごめんねー」


「おう、ユキか。どっちみちあと少しだけかかるから、待っててくれ。ずいぶんひどくぶっ壊したもんだよな、まだ買って間もない最新型だろうに」


ダイさんと呼ばれていた男性は、ここの工房の主人らしい。リクとユキはしばらく作業を待つことになり、外に置かれた簡素なベンチで休憩することになった。


しかし、リクは作業が気になって仕方なかった。なにせ魔道具の修理現場など営業をしていて初めて見る。


マグ・バンクは巨大企業であり、製造工場も各地区別にいくつも持っているが、直接見学などしたことはない。


しばらく中にいる、と言いユキを残して工房へ戻った。


ダイチは、丁寧な手際でバイクの修理を行っていった。隣に置かれた工具箱にはドライバー・レンチ・六角レンチ・プライヤーなどはもちろん、ありとあらゆる工具が丁寧に入れられている。


あれだけ派手にぶつかったのだから、あらゆる場所が壊れていてもおかしくないのだが、各パーツは剥げた塗装まできれいに直されていた。


「お前、こいつの持ち主だろ、ずいぶんひどい使い方をしたもんだな」ダイチの顔は頬が黒い塗装で汚れていたが、それも含めて全身から職人の格好良さを感じさせる。


「ええ、まあ。緊急事態でしたので…」


ダイチは豪快にと笑った。魔法使いの自分に対しても気兼ねなく話しかけてくれている様子に安心する。


このダイチさんとは気が合いそうだ、とリクは直感で感じた。


「まあ、そうだろうな。ふつうはこんな風に金具がひしゃげるようなことはおきん。まだ買って間もないから、全体的な消耗がなくてよかったな。使い込んだバイクなら本体ごと折れちまってたろうが、こいつは留め具の交換と塗装、あとは簡単な調整をすれば治るよ」


「あ、ありがとうございます!すごい技術ですね、魔道具ってこんな風に直すのかぁ」


「あんた、こういうの好きなのかい?」ダイチの目の奥がが光ったようにいきいきとしている。


リクは頷きながら、台車に並べられた修理道具を見つめた。


工房の中も、モノが多く壁中にパーツや工具がついているが、すべてはきれいに整理されている。


道具を大切にする人は、仕事ができる。


これは営業で工場や会社を見て回ったリクの経験則のような物だったが、ダイチからはそれを感じた。


人間でも魔法使いでも根本的な部分には何の変りもないのだと改めて思う。


リクが工具や魔道具についてダイチと話していると、ユキがしびれを切らして中に入ってきた。バイクはほぼ元通りどころか、新品同様に返ってきた。


お代はソラに付けで、と言い残してリクとユキはその場を後にする。工務店から離れたところで、ユキが立ち止まった。


右手を前に出すと、手にした魔石をリクに見せた。ユキが魔石を所持しているのは意外だったが、その目的はすぐに分かった。


「マナ、無いんでしょ。私のを貸してあげるから、このまま家まで送っていって」


リクは「ああ」とだけ返して、右手の魔石をユキの魔石に付けた。


マナがふわふわとリクの元へ移動し、リクの右腕に付けられている魔石が輝きを取り戻す。


それがマナによる決済の方法だった。


これがスーパーマーケットで商品を買うなどの場合、残量を表示する魔法によって双方きちんと支払われたかを確認する。


残量を示す魔法はほとんどマナを消費しないので、デフォルトで表示させている魔法使いも多い。


バイクにマナを込めると、バイクが風をまとって浮き上がった。


「…すごい、空飛ぶのって、こんな感じなのね」


ユキはソラの肩を強い力でつかんだ。初めて飛ぶのだろうから無理はないが、肩の骨が折れるのではないかと思うくらい痛い。


「この町、すごくきれいだな。みんな仲がよさそうだし、すごく親しみを感じるよ。まるでみんな家族みたいだ」


リクは、バイクを飛ばしながら正直に思った感想を伝えた。


魔法使いの世界では、プライドや自分の利益を優先するものが多い。会社はどこも生き残りをかけて必至だし、同期の一部を除けば、建前だけのやり取りが多い。


それに比べれば、ここの地域の人たちはみな、自由だし毒気が無いように感じた。


「家族…ね。それは半分当たってるかもしれないわ。ま、魔法使いの世界なんて私はよく知らないけど。ほんと、ろくでもなさそうね」


ユキは、町を見下ろしながらつぶやいた。夕日に染まる人間街の景色はきれいだった。


それは視界を遮る高層の建物がないこと、緑が豊富なこと、街を明るくする外灯が少ないことなど理由を挙げればきりがないが、自分の街に対する考え方そのものが変わったからではないかとリクは思った。


一方で、ユキは街ではなく遠くを見つめていた。そして、独り言のようにリクに語りかけるのだった。


「私の両親はね、今朝いたあの工場を経営していたの。あそこは元々縫製工場で、うちの服は魔法使いの間でもそこそこ人気のブランドだったのよ」


ユキが言うには、魔法を使っていなかったから、生産力が低く、それがかえって希少性になって話題を呼んだらしい。


「魔法使いの大手メーカーがウチの技術を買いたいって言いにきたほどにね。でも、お父さんはそれを断った。まあ、プライドもあったんでしょうし、技術を売ってしまえば量産化されて価値が下がってしまうからね。その後よ、工場で火事があって、在庫や原料はすべて燃えてなくなってしまった」


ユキの声は次第に震えたものに変わる。恐ろしい記憶は目を瞑れば写真のように蘇る。リクにもその感覚には覚えがあった。


「そして、それ以来主要な取引先は誰も相手をしてくれなくなった…」


タイミングや、他者への根回しから考えても、火を付けられたのは明白だったという。

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