6話人間街(4)
「それは、魔法使いがいくら人間より立場が有利だからって、明らかに犯罪だ…捕まらないはずないだろう?」
ユキは吐き捨てるような軽い笑い声をあげた。それはつまり、そうはならなかったということだ。
「父さんと母さんは、警察に駆け込んで裁判も起こした。けど、誰も人間である私たちを助けてはくれなかった。裁判費用と、工場の修復費も払えない私たちは絶望的。お父さんとお母さんは、裁判の途中で事故にあってそのまま帰ってこなかった。私は当時まだ15歳。何も…できなかった」
ユキの手がより強く、深く肩をつかむのを感じながら、リクは元の工場へと戻っていった。ユキは無言で部屋へと戻っていった。リクは広間で一人考えていた。
この国では、間違いなく人間と魔法使いの間に大きな差別がある。それは視界の節々には映っていても、どこか他人事のようで、自分とは別の世界のように感じていた。
だが、実際には身の回りのどこにでも、すぐ隣にも起きていることを見て見ぬふりをしているだけなのかもしれない。ただ街を歩くことさえ、周りと違うことで感じる違和感でさえ、周りと違うというだけでそれは生まれ、大きく膨れ、誰かを傷つける。
それが許されることなど決してないというのに、簡単にきっかけを作ってしまう。
5年前、戦った相手の足を破壊してしまったことで、自分や家族が負ったもので一番苦しかったものは、慰謝料や治療費だけではなく、周囲の目だった。隣人の冷たい視線、学校の友人から話しかけられることが一切なくなったこと。
自分の犯したことがどこまで知れ渡っているのか、街を歩くことさえ恐怖だった。
辺りが暗くなり、気付けば夜になっていた。ドアが開く音が聞こえ、振り返ると玄関にヒョウがいた。
リクを見つけると、ニッと笑い、肩を掴んで強引に外へと連れ出された。工場の外、林との間には、簡素な木製テーブルや椅子が置いてある。
ヒョウは、リクを連れ勝手に前を歩いていくと、椅子へどっと座った。
ユキが言っていた、こいつもソラと同様、頑固なタイプだ。おそらく逃がしてはくれないのだろうと、仕方なしにリクもそれに続いて正面の椅子に座った。
「お前にどうしても話しておきたいことがあってな…」
ヒョウの含みを持った言い出し方に警戒する。これ以上暗い話はできれば聞きたくはなかった。
「な、なんだよ」
コホン、と畏まったかと思えば、何やら言い辛そうにモゴモゴとしている。
「あー…えーっと。し…正直、ユキとアオ、どっちがタイプだ?」
「は、はぁ?」
拍子抜けした話題に肩を落とした。それから、2人の間に微妙な間が生まれる。
「…」
「あ、あれ、おかしいな…。確か、こういう話を振れば大抵男子は打ち解けるって…ソラが」
「アイツの話を真に受けんな。あんた、冗談通じないタイプだろ見りゃわかんだよ。いいからとっとと本題を話せ!」
ヒョウは、おぉと気圧されながら、再び咳払いをした。
「実は、お前にはまだ会っていない俺達の仲間がいてな…」
「知ってるよ、ラーメン屋のアラシって子供だろ?」
もはや本気で聞くまいと、肘を突いて返した。
「あ、あれ…。情報が早いな。じゃあ…話すことは無いな」
「無いのかよ!お前、それだけのために俺をここまで連れてきたのか?」
「…その様子では、アラシについては何も聞いてない様だな。話しておきたいのは、俺やアラシ達についてだ」
はいはい、で?と、素っ気なく返事をする。
「俺とアラシ、あとコハル、あの小さな女の子だな。3人は、親のいない孤児だ。人間の地域では、親が魔法使いの地区へ出稼ぎに出たきり戻らない。突然行方不明になるなんてのは、そう珍しくもないんだ。当然、子供も例外ではない」
「…そうなのか」
リクは、思わず姿勢を正した。よくよく考えれば、ユキだけがたまたまつらい思いをしているなんてこともないはずだ。ここに居る者のことを、まだ自分は全く知らない。
「孤児達は、大抵が奴隷として方々に連れていかれる。男は大体が地下に眠る魔石を採掘させるのに連れて行かれる。魔石は魔法では削り出せないからな。俺もその1人だ。だが、あそこは過酷で子供達には危険も多い。そこで、俺たちヒトマルは親のいない子を引き取れる人を探して、仕事を与える。あいつらに連れていかれないように守る活動もやっているんだ」
リクは、夕方にユキが言っていたことを考えていた。家族というのが半分当たり、というのはきっとそのことを意味していたのだろうと納得する。
ヒョウのいう地下に眠る魔石とは、この国地下資源を指す。まだ手付かずにマナを貯めている魔石が、地下にはいくつも眠っている。それは学校でも習ったことがあった。
「じゃあ…あの子も、親が」
「あぁ、あいつは親が出稼ぎに出たきり帰ってこない。連絡も無くな。今はあの店に引き取ってもらっているが、魔法使いを相当に恨んでるよ。だから、お前には厳しく当たることもあるだろう」
そう言われれば、昼に見たあの顔にも納得がいく。
アラシからすれば、魔法使い全てが親の仇という訳だ。
ヒョウは、リクの様子を見ながら話を続けた。
「いきなり嫌われては、不快だろうな。だが、そういう背景があることを知って欲しい。俺は、お前の強さを知った。ソラからいろいろと事情も聞いているし、信用もしている。だが、他の者はそうとは限らない」
昼間に人間街を歩いた時の事を思い出す。リクを見る周りの目は、5年前の事故後自分の周りの『知り合いだった者たち』が犯罪者の様に見ていたあの目と同じ気がした。
「ただ、それでもな。こんなことを言うのは…厚かましいかもしれないが。もしアイツらが危ない目にあった時には…守ってやって欲しい。俺はお前が仲間になってくれたらうれしいと思うよ。ただ、仲間になるならないではなく、1人の男として、お願いしたい」
リクは、しばらく無言で考えていた。
なぜ、こんな世の中になっているのかわからないが、この魔法使いと人間の隔たりに巻き込まれるのは、いつだって力の無い子供や人間たちだ。
俺ができることは、なんだろうか。
「…はぁ。まったく、どいつもこいつも勝手だな。俺は、そんな大層な力はないぞ」
照れ隠しに頭を掻き、ため息をついてみる。それでもやっぱり言うのは恥ずかしいと感じた。何の力もない自分が『人助け』してやるなどと言ってもいいのだろうかと迷いがある。
「でもまぁ、助けてもらって何もしないのは…礼儀がないからな」
リクの言葉に、ヒョウは顔を緩めた。この男は本当に、子供たちが心配なんだろうと伝わってくる。
「…ありがとう」
ヒョウから差し出された右手を、しっかりと掴んで返す。
「で、実際どっちが好みなんだ?」
「もういいって、無理やり和ませようとしなくていいから!」
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