6話人間街(2)

さすがに止めようかと思ったところで、キツネはリクに向かって詰め寄ってきた。


「兄さん、ヒトマルに新しく入ったんですかぁ?これから何されるんです、何か必要なものとかあったら声かけてくださいね」



キツネは、リクの手をとって距離を詰める。思わず後ずさるが、なおも近づいてくる。その時、キツネの首筋を鞭がかすめて、近くの壁に突き刺さった。


「いい加減にしないと、次は首吹っ飛ばすから」


ユキの言葉は本気で言っているように鬼気迫るものを感じた。


「いやだなあ、冗談ですって、でも、またいつでもお声掛けくださいね、私、きっとお役に立てるんで」


キツネはあっという間にその場から立ち去って行った。


突然のやり取りに呆然とするリクだったが、ユキは依然冷静だった。突き刺さった鞭の先を壁から引き抜くと、何も言わずに再び歩き始めた。


「…一体何なんだ、あいつは?」


「気にしない。あいつは便利屋みたいなものよ。ここじゃ金になりそうなものならなんだってするような奴がごまんといるの。めんどくさいのに感づかれたわね」


リクは、変な噂が広まりませんように、と心の中で祈った。


そもそもこの組織に入るだなんて一言も言っていないのだから。ユキはスタスタと歩いていくため、ひたすら背中を追いかけることにする。


ユキは繁華街の中心地を抜けて人通りが少ない路地裏まで来ると、民家のような小さな建物に入った。リクもそれに続いていく。


すると、急に食欲をくすぐるいい香りが全身を包み込んだ。香ばしいようなしょっぱいような、胃袋を刺激する香りだ。


厨房からは、油で何かを炒める軽快な音と、くつくつと煮る音がする。匂いや雰囲気から、中華屋であることがなんとなくわかった。


店内には大きな4人掛けの小さなテーブル席が二つと、カウンター席が4つ見えた。すでにカウンターは埋まっている。店主と従業員は、ユキを見ると手を振って挨拶をした。


ユキも、先ほどまでの冷徹な形相が嘘のように笑顔になっている。


笑っている顔をみると、10代の少女のようなあどけなさだ。リクは店内に座ってからあることに気付いて、申し訳なさそうにユキの顔を見た。


「あの、ユキさん。今持ち合わせがなくて…ですね」


「いいよ、ここは出すから。一応、昨日あんたを襲ったことはお詫びしないといけないし。それに、あんたここのお金持ってないでしょ」


「ここのお金って…何?」


ユキが言うには、ここでは人間専用の通貨があるそうだ。


基本的に魔法使いの支払いはマナで行うのでまったく知らなかった。過去にマナ以外のものを採用した時代があったが、魔法によって偽装などが横行したためだ。


人間しかいない地域になると、魔法を使えるものがいないだけでなく、マナを預ける銀行もない。


結果、過去の時代に使われた紙幣や通貨がいまだに多く採用されているらしい。


むしろ、マナの支払いには対応できないところも多いという。当然、紙幣など持ったこともないリクには、払えるはずなどなかった。


おごってもらったとはいえ、ありがたいとも言えない気持ちだ。まさかこんな女の子におごってもらうとは。


さすがに男としてのプライドがそれを甘んじて受けるには気が重い。


とはいえ、昨日さんざんマナを使うことになったユキやヒョウには十分な貸しがある。ユキはリクに聞くこともなく勝手に注文を済ませ、メニューを閉じて立てかけていた。


「じゃあ…次は俺がごちそうする。それでチャラだ」


「次なんて、ないと思うけど」


本来なら、そんなやり取りは恋愛で言う次のデートの誘い文句になるだろうが、ユキの対応はあくまでも冷ややかだった。


数分の沈黙ののちに出てきたのはシンプルな醤油ラーメンだった。


今朝は何も食べていないことを改めて思い出し、一気に麺をすする。醤油の香りと鳥の出汁、風味が口の中に広がり、鳥肌が立った。


「…美味い、めちゃくちゃ美味い」


夢中になって麺をすすり、スープを飲み、付け合わせのチャーシューと卵をかじる。


どの具材も味が程よく濃くてとてもおいしかった。リクが夢中で食べる様子を、満足そうにユキは時折見つめながら食べた。


食べ終わるまでの時間も、二人は終始無言だった。


「おい、お前がリクか?」


食べ終わる直前、沈黙を破ったのは15歳くらいの男の子で、従業員のようだった。


真っ黒な短髪は刺々しく、周りの従業員と同じで前掛と頭にはタオルを巻いている。


「えーっと誰?」


「誰じゃねぇよ、俺はお前を認めてねえからな!卑怯者!このくそ魔法使いめ!」


散々な言われようだが、子供に言われると腹が立つというより純粋に心が傷付く。


「アラシ、やめなさい。お客さんもいるのよ」


アラシと呼ばれたその男の子を、ユキは冷静に嗜めた。アラシはフンっと鼻を鳴らして引き下がっていく。


ユキが小声でそっと話してくれた。彼もヒトマルのメンバーだという。


ますますこの組織に入る気力がそがれる。リクは思わずため息を漏らした。

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