6話人間街
次の日、目を覚ましたリクは、改めて自分の状況を確認した。
誰かが着ていたボロボロの寝巻きに、古臭い独特な香りのベッドと、見るからに時代を感じる木造の壁。
全てが現実だ。
改めて自分の奇妙な状況に、嫌気がさしてため息をつく。
すると、ソラからメールが届いた。
≪リク、服は申し訳なかった。サイズが合いそうなスーツを送っておいた。あと、バイクも修理に出してある。受け取りは、ユキが案内してくれる≫
カーテンをあけると、窓に紙袋が張り付いていた。都市部では魔法を使った郵便はごく当たり前に行われている。
重くないものなら、人が運ぶよりも目的地に向けて遠隔で飛ばす方が手間がかからない。もちろん距離には限界があったり、専門的に練習しなければできることではないので、基本的には郵便局に依頼してしまうのが普通だ。
ソラの魔法操作の力にはには驚かされる。会社の方からここまではかなり距離があるはずなのだが。
中には、黒のジャケットと青いストライプのシャツが入っており、サイズはぴったりだった。もう一つ、まるで映画のマフィアが付けているような、黒い帽子も入っている。
帽子はさすがに無いな、とテーブルに置いた。
リクはソラから来たメールについて考えを巡らせる。ユキが案内してくれる。ユキとは、あの野蛮な女だ。昨日のことに背筋に寒気がして身体を震わせる。
しかし、妙なことにメールには待ち合わせの場所や時間は何も書いていない。疑問に思いながら、建て付けが悪くなって軋むドアを開けた。
すると、同時に正面の部屋の扉も開く。
そこには、目を真ん丸にして固まっているユキがいた。
パジャマ姿でストレートのロングヘアは寝癖で芸術的な形になっている。二人は見つめあった状態で、一瞬の静寂が流れた。
リクはようやく一言だけ、思った言葉がそのまま出た。
「…あんた、こんなとこに住んでんのか?」
「もう一回ぶっ飛ばされたいの?」
ユキの冷ややかな目が、即座に怒りに変わる。
「寝心地は悪くなかった」
すべて言い切る前に右足を蹴っ飛ばされ、声にならない悲鳴が出た。
「はぁ…朝から最悪」
ユキはそういうと部屋に戻り、数分後に広間へ降りてきた。昨日ソラと話をしたテーブルのある部屋だ。スキニーのジーンズに白いタートルネック、革のジャンパーを羽織っている。
「ねえ、メール見たんでしょ?あと1時間もすれば昼だし、回収ついでに行くわよ」
「で、出るって、どこに?」
「決まってるでしょ、お昼。あと、帽子とってきなさい。目立つから」
リクは、ユキに連れられて、人間の街へ向かった。工場を出て周囲を見渡す。聞いていた通り、工場は林に囲まれている。
来た時は気絶してたから、何もに見てなかった。林の雰囲気から、気絶した場所からこの工場までは、そう遠くないようだ。
古い工場は、内装以上に外観はひどいもので、一部が焼け跡のように黒く焦げていた。
看板は取り外されており、今は昼間にもかかわらず稼働している音は聞こえない。
ずいぶん昔に稼働を停止しているようだ。
昨日戦ってボロボロになった林を抜けて、昨日の人間街の駅のほうへ抜けていく。道中にほとんど会話はなかった。
「あの工場って、いつから稼働してないんだ?」
「…もう20年になるわ」
「そもそもお前って、年いくつ?」
「人の事お前って言うな。あと黙ってて」
「…はい」
5分前のそのやり取り以降、微妙な距離を保ちながら、黙ってついていくことにした。しばらくひたすらまっすぐに歩いて街中へやってきた。
昨日は尾行していたために横目に見ただけだったが、にぎやかな通りがいくつもあり、楽しげな雰囲気が伝わってくる。建物やで店は木造や古臭い石造りの街並みで、地面も舗装されていないため土埃が立っている。
魔法使いの街も活気はあるけれど、雰囲気が随分と違うと感じた。
客も店員も、まるで友人と話すように楽しげだ。
魔法使いの街には、いかにお客に買わせるかといった静かな心理戦が常に起こっているような、都心の独特の空気を感じていたものだ。
自分自身でも、営業スマイルを武器にして、いかに魔道具を仕入れてもらうかを常に考えていた。
街の人間の様子を見て、仕事をしているにもかかわらずあんな風に自然に笑えるのは、うらやましいとさえ感じる。
しかし、リクが近くに寄ると帽子の隙間から覗く銀髪を見て、周りの人の視線が皆冷たく感じた。普段人間を見る魔法使いの視線は、こんな感じなのだろうか。
何とも言えない居心地の悪さに帽子を深々と被る。
「あれ、もしかして、ユキさんじゃないですか?うわ、後ろにいるのはもしかして、昨日いた魔法使いでは?」
突然二人の前に、軽い声で話しかけてきた男がいた。
長い髪を後ろにまとめている、細身の体なので後ろから見たら女性かと間違えそうだ。
「うるさい、『キツネ』こっちに絡まないで」
ユキはその男をキツネと呼んだ。近い距離で隣を歩くその肩を押し、距離をとらせた。
「いやいやいや、そんなこと言わないで下さいよ、姉さん」
男は、それでもなお距離を詰めてくる。
かなりしつこいタイプなようだ。
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