5話ヒトマル(4)

ペンには濃い緑色の下地に金の装飾、見たこともない複雑な模様が中央に描かれている。


「それと、そのペンが送られてくるってことは、俺の本当の父親が、もうこの世にはいないってことも同時に知った」


そう言うと、ソラの顔は珍しく暗く曇った。5年前ということは、ちょうどリクが事故を起こした時のことだ。


その当時はほかの人にかまう余裕はなかったが、まさかそんなことになっていようとは思いもしなかった。


「そして、ペンの送り先から、この組織を特定したんだ。その当時ここはもっとたくさん人間がいてね。昔のように魔法使いに対抗するような過激派と穏健派に分かれてた。それをうまく取りまとめていた父親がいなくなって、組織は分裂寸前。俺は父親について話をいろいろと聞いて、なんだかんだ会って穏健派のトップを引き継ぐことになったんだ。まぁ結局、過激派とはその時に分裂したけどな」


「なんだかんだってなぁ。しかも組織のトップって、突然来た魔法使いがよくもまぁそんなもんになれたな」


「まあ、そこはいろいろあったんだよ」


はぐらかされた部分もあったが、リクはサンドイッチとともに少しずつソラの話を飲み込んでいく。


気づけば皿の上のサンドイッチはあっという間になくなっていた。しかし食べ終わってもなおもソラの話は続いていた。


「まぁ、正確には引き継いだっていうか武闘派と穏健派の切り離しを手伝っただけなんだけどね。俺としても、出来る限り危ないことは避けたかったから穏健派についたわけ。でもつい先日、魔法使いの地区にあった第3アジトが、例のテロリスト共に襲われた。そこで仲間の多くが命を奪われた。こういう活動をしてたら当然身の危険もある。だから家族がいるような者にはいったんメンバーから抜けてもらって、今ヒトマルにはほとんど人がいないんだ。まだ協力してくれる人は結構いるけどね」


ソラの表情は、悲しいような、悔しさを含んでいるような複雑なものだった。いつも軽口しか叩かない彼からは信じられない。


「話はなんとなくだけどわかったよ。でも、何でテロリストがお前たちを襲うんだ?あいつらも、狙いは魔法使いなんじゃないのか」


そこなんだよ、とソラはテーブルに手を乗せ前に乗り出す。


「リク君を襲ったあいつらは、ただのテロリストじゃない。魔法使いが利用している犯罪者集団だ。間違いなくエイチの中には魔法使いもいる。そいつらは全てを人間のせいにして、都合のいいように破壊行動を行ってるってわけだ」


ソラの言っていることは、恐らく正しい。


リクを襲ってきたベンケイらしき男は、テロ活動とは全く関係なく、明確にリクとヨウタを狙ってきた。人間の権利や立場を主張するテロリストがそんなことをするのは納得がいかない。


「つまり、お前の言っていることをヤンキー風に言えば、お前はこのグループの2代目総長で、新勢力のそれも裏にヤバい奴らを抱えてそうな連中と、今絶賛対立中ってわけ?しかも、違法魔道具はうちの会社が元だってんだから、話の規模がでかすぎるんだよ…」


「ヤンキー風…?」


アオが不思議そうに首を傾げる。ソラがそれを見てあえて聞こえるくらいの声で耳打ちした。


「あ、こいつ元ヤンだから」


「誤解を招くことを言うな。わかりやすく例えてみたつもりだ」


「それはどうでもいいとして。今君なんて言った?なんか、違法魔道具を流通させているのが、うちの会社みたいなこと言ってたよね?」


リクはしまった、と思いすぐ目を逸らした。しかしもう遅い。ソラの顔が口を滑らせたな、といういたずらな目つきになっている。



支店長に誰にも言わないようにと言われたのに、まさかこんなにも簡単にバラしてしまうとは。


「リク君がそんな情報を知ってるなら、襲われたのもうなずけるけど、リク君こそ何者?」


「その話は、襲われた後に知ったんだ!支店長もその事実を知っていて、もう会社じゃ秘密裏に調査してる…あっ」


またしても、口を滑らした。一瞬気付くも、もうすでに言葉は口から出てしまった。支店長のことまで言ってしまうとは。ソラは一切表情を変えず、真っ直ぐな瞳でリクを見つめている。


「あの支店長が、そんな事を話していたのか。しかし、そこまでわかっているのに犯人は何も掴めていない状況とはね。敵は相当に厄介みたいだなー」


そう言うと、ソラは手を差し出して握手を求めた。


「まぁ、リク君が仲間になってくれれば、安全は保障するからさ。これからよろしくね」


リクはその手を訝しむようににらむ。


「いや、ちょっと待て。仲間って何だ?なんで俺がこの組織に入るような感じになってるんだよ」


「仕方ないな、返事は明日まで待っておくから」そう言うと、リクの反論も聞かずに早々にアオと共にその場を去っていった。去り際に「今日はこの二階に泊まっていいよ、1番奥が空き部屋になってる」と言い残して。


リクは1人残され、学生時代のソラの事を思い出した。そういやあいつ、わりと頑固な性格だったな。


一度決めたらなかなか引かない性格から、もう心の中で仲間に引き入れた気でいるんだろう。


もちろん親友のソラのことは信用しているが、周りの人間たちの事はまだ何もわからない。


それに、まだこの組織が具体的に何をやってるのかすらわからない。二階に上がると、いくつか部屋があった。


どの部屋も中から光はない。「空き部屋になっている」とはつまり他は使われているということなのだが、今のリクには疲労や情報で手いっぱいでそんなことすら考える余裕はなかった。



言われた通りの1番奥の部屋に入ると、埃臭いベッドに寝転んだ。


今日1日のことや明日からのことに頭を悩ませるかと思ったが、あっという間に深い眠りに入っていた。

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