5話ヒトマル(2)


今自分がいる所は、あの林から少し進んだ先の今は稼働していない工場の隣にある宿舎らしい。


らしいというのは、移動中周りが暗くてよくわからなかったからだ。


工場やその宿舎は今、ヒトマルという人間の組織が拠点としてソラたちが利用している。


『人を守る』だから、その略でヒトマルだとソラは言っていた。


ほとんど略語になってない事はさて置くとして、人を守るねえ。と、リクはその話を怪しんで聞いていた。


そもそも、人間を守るとはどういうことなのだろうか。国としては、もう既に20年以上前に国王が『人間安全維持法』を制定している。法律上、カイトたちが所属している警察が人間と魔法使いの間を持つ役割を担っている。


とはいえ、実際には魔法使いの人に対する扱いの酷さはあまり変わっていないのが現状なのはリクもよく知っている。


つまり、ヒトマルとはそういったお国が守りきれない人間を守ろう、という政府非公認の組織ということになる。


細かく覚えてはないものの、政府に対して抗議文や待遇改善のストライキ、貴族制の廃止のための署名など。人間の団体ははこれまでにもたくさんあった。ただ守ることにのみ徹しているというのは聞いたことがないが、抗議活動を行う組織ではないなら名前に聞き覚えがないのも納得はできる。


とにかく、現時点ではわからないことは多いが、この組織はテロリスト集団とは違うらしい。


メンバー全員があの場にいたのだろうかもわからないが、覚えている限りあの場にいたのは6人だ。


ユキとヒョウ、学友で同僚のソラ。そして、もう一人その場に見覚えのある人物がいた。昨日の夜に会った経理部のオドオドとした女の子だ。


魔法使いはソラと彼女だけだったのでとても目立っていた。ソラと彼女に関係があるとも思えないが、二人につながりがあるとなれば、昨日の夜にリクを助けた瓦礫はソラだったのではないだろうかと考えられる。


ソラは学生時代から魔法の成績は優秀で、周りからも慕われていた。特に魔法の精密操作に関してはかなり高い技術を持っていたはずだ。


リクもある意味では目立っていたが、喧嘩っ早くて悪目立ちという意味でだ。



それはそれとして、昨日のような遠距離からの物を飛ばすようなことはソラならお手の物だろう。


リクとヨウタが襲われることが分かったのかも、状況を見れば想像はつく。


ソラはリクと同様にバー『ウィート』にもよく顔を出していたし、店主は珍しく人間嫌いではなかった。


この組織とは何かしら繋がりがあってもおかしくはない。そう考えれば、逆にこのヒトマルという組織は思っていたより広いネットワークを持っているかもしれない。


あとは、リクの知らない人間が2人いた。一人は、まだ10歳くらいの少女。そして50代くらいの男。背が高くて年齢の割に体格が良く、人の良さそうな顔に白髪混じりの髪の毛だった。


それ以外のことは現状では何もわからない。


考えに耽っていたため、気づけば湯船に浸かって20分以上たっていた。ふらふらと立ち上がると、体をふいて風呂をあとにした。


風呂の外には、使い古されたようなパジャマが用意されていた。


思わず顔をしかめ、心の中で葛藤した。


これを着ろということか、誰が使ったのかわからないこの寝巻を。



自分の衛生観念としばし戦ったものの、ほかに着るものはない。せっかく朝買ったばかりのスーツも、シャツも、すべて泥まみれだ。


風呂から出た突き当りに、食堂のような広間があった。


そこにはソラと、あの経理部の女の子が横に並んで座っている。


「ここへ座ってくれ」と言わんばかりにテーブルをはさんで反対側の椅子が、一つだけ手前に引かれている。


リクはまっすぐに歩くと、椅子には座らずテーブルに手をついた。座らなかったのは、なんとなく何もかも指示されるままに従ってやるのは癪だったからだ。

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