5話ヒトマル

ばしゃっという音、鼻に液体が入るツンとした痛み。



リクは大量にかけられた水を吐き出す。呼吸を整え、状況を確認した。



そこは古い工場のようだった。ところどころに用途のわからない錆びた大型の機械が置いてあり、天井は吹き抜けで建物の3階分はあろうかというくらい高い。


そして、目の前には昔からよく知る友人、ソラが立っていた。


相変わらずのチャラ付いた長い前髪に、うっすら笑みを浮かべている。その後ろには、すっかり泥を落としたユキとヒョウも立っていた。


後ろには更に2人の人間がいた。50代くらいの高齢の男に10歳前後の少女。


「…どういう事か、説明してもらおうか」


リクはそれだけ言うと立ち上がって服の泥をぬぐった。今朝買ったばかりのスーツがもう台無しだ。


先程かけられた水が泥を含んで辺りに飛び散る。全員がリクから一歩遠ざかった。


まるで汚物扱いだな、と苦笑する。


「いやーごめんごめん。どうせ信じてくれないだろうけど、ここまでする気はなかったんだ。でも俺前に言ったろ?人間の女の子に手を出すと、噛みつかれるぞってな」


ソラが意味ありげにユキへ視線を送る。ユキは気まずそうに視線をすっと逸らした。


「まぁ、リク君が誰かに尾行されてる可能性もあったから、しばらく泳がさせてもらったんだよね。あと、身の安全てだけならユキがボコボコにして病院送りにするのもアリかなって」


「おい、なんだその頭が悪すぎる発想は?絶対嫌がらせだろ」


「今から病院に送ってやってもいいのよ…?私はまだ、泥まみれにされたこと、許してないから」


「それは、あんたが悪いんだろ。少し黙っててくれ」


一通りやり取りをしても、この状況は一向にわからなかった。尾行や身の安全ということは、少なくとも昨日襲われたことはこの人間たちと無関係ではなさそうだ。



混乱した様子をくみ取ったのか、ソラはリクに向かって手を広げて、明るい口調で話を続けた。


「安心してくれ、俺たちは危ない団体じゃあないよ。人間を魔法使いから守る為の団体『ヒトマル』ってんだ。そんでもって、今はリク君の味方さ」



ヒトマルなんて組織は初めて聞くが、少なくとも『エイチ』と言われなくてよかった。


リクは、何を答えるわけでもなく、大きなくしゃみをした。季節はもう秋も終わって冬を迎える。濡れ鼠となったこの身体には流石に堪える。


ソラはくすりと笑う。そして、リクがこの状況で最も惹かれる提案をした。


「とりあえず、風呂にでも入るかい?」

◇◇◇


風呂に浸かりながら天井を見上げた。


風呂までの道中でソラから聞いた。この場所は昔人間が働いていた工場らしい。


住み込みで働く人も居たようで、工場の隣には居住スペースがあった。生活の設備もある程度揃っているようだ。


風呂は4~5人くらいは入れそうな広さで、ちょっとした銭湯のよう。


全体的な内装は古臭いが、手入れはされていて綺麗だった。


体の汚れを洗い流すと、沼地の泥がごっそりと出てきた。あったかいお湯と言うのは身体だけではなく心まで洗い流してくれそうだ。


あれだけ傷付けられた事も見ずに流してやらんではないとさえ思える。


湯船に浸かりながら、聞いた情報を整理する事にした。

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