4話追跡(5)
右手の魔石が強く光ると同時に、ユキを包む泥の塊を動かせるだけ持ち上げた。
それを幾つかの小さな弾丸にして、ヒョウへ投げ飛ばす。
障害が邪魔をするため、途中で泥はコントロールを失い、想定していない場所へ飛んでいった。
それでも、勢いをつけて投げ飛ばせば、いくつかはヒョウまで届く。
ヒョウはそれを避けて殴ってを繰り返して弾き飛ばしていった。
その隙に、リクは植物のツタを成長させ、即席のロープを作る。
あとはなんとか動きを封じ、この男を拘束するだけだ。
泥は全てはたき落とされ、あたりは飛散した泥にまみれてひどいにおいが漂う。
ヒョウが、準備運動は終わりだ、というように肩をぐるりと回した。
すると、恐ろしいスピードでリクに向かって走り出し、勢いに任せた拳や蹴りを繰り出していく。
リクは、ヒョウの拳や蹴りを、空中に飛び上がりながらぎりぎりで回避していく。マナの残量はあまりない。使い過ぎないよう、飛んではすぐに着地して、まるでバッタのように動き回る。
そんなやり取りは、1分以上、止まることなく続いていった。段々と酸素が足りなくなってくる。
リクは頭がぼんやりとしてきた。どれだけスタミナがあるんだ、この男。さっきからずっと走りっぱなしだ。
リクは、脇腹の痛みに耐え切れず、ついには地面にへばりつくように着地した。
「大分、疲れてるみたいだな、俺は、まだまだやれるぞ」
ヒョウの呼吸はほとんど乱れていない。その様子ははったりとは思えなかった。
このままでは、どう考えてもこちらがスタミナ切れで蹴りの餌食にになるのは明白だ。リクは、ヒョウとの距離を更にとるため、大きく後ろにはねる。
そして着地の瞬間、泥に足を取られて地面に倒れ込んだ。
ヒョウは、それを見逃してはくれなかった。
十数メートルの距離を一気に詰めるため走り出す。その勢いを一切止めずにそのまま蹴りぬいて、この戦いを終わらせるつもりだ。
ヒョウが、勝利を確信したその時だった。
踏み込んだ左の足が、一気に地面に飲まれて沈む。思わずリクは歓喜の声を上げた。
「かかった!」
リクが作った落としにはまり、勢いを急に殺されたヒョウはバランスを崩したのだ。
これで身動きが取れなくなる、はずだった。
「ふんっ」
ヒョウはもう片方の足で地面を強く踏み込むと、ひと呼吸して穴から足を抜き出し、前転して着地した。
着地後、ヒョウは辺りを確認した。リクの姿が見当たらない。
一方のリクは木陰に隠れ、次の手段を用意していた。
ヒョウの真上にはバイクが浮いている。魔法による操作だ、それがヒョウの真上で力を失うと、その重量に従って勢いよくヒョウの体へと向かっていった。
リクは木陰からその様子を覗く。
こちらが本命。
こいつを倒すにはそれくらいの衝撃がなくては。
しかし、ヒョウはのしかかるバイクを両手でがっしりと掴み、膝をクッションになんとか持ち堪えると、重量挙げのようにバイクを持ち上げて見せた。
「こんなものか?これは魔法が直接使えないお前の、唯一の武器だろう。捨て身の作戦の割には、ツメが甘いんじゃあないか」
リクはその姿に驚愕していた。あのバイク何キロあると思ってんだ。
観念したように木陰から出てくると、両手を挙げた。
「いやーそんなんされたら敵わねえって」
その様子を見て、ヒョウはバイクを軽々しく持ちながらため息をつく。
「なんだ、割と良い線いってたのに、大したことないな…」
あからさまにガッカリとした様子に対して、リクはニヤリとして指をさす。
「まぁガッカリすんなよ。後ろを見てみな」
バキっという音が響いた。
泥まみれのユキが、ヒョウの頭を大きな木の枝で思い切り叩いた。
そして、膝を蹴りだして姿勢を崩させた。リクもそれに合わせて、ヒョウが手にしたバイクの重心を少しずらす。
最新新型のバイクは、手からずるりと滑り落ちると、地面へ向けて落下していく。その間にあるヒョウの頭を打ち下ろしながら。
頭と金属がぶつかる不快な音がした。バイクのフレームはひしゃげ、無残にもその場に転がった。
ヒョウは気絶し、その場に倒れこむ。
リクは少し後ろめたい気持ちになりながらその様子を見ていた。
俺のバイクは、こんなために買ったんじゃなかった…。
つい昨日、ベンケイに人を傷つけるなとか大見え切った男のする事とは思えないな、と苦笑する。
まあしかし、勝ってやった。リクは身体の泥をぬぐうと、男を見下ろした。
「何が『大したことないな』だ!ざまぁみろ!魔法ってのは常に環境を利用した者が勝つんだよ!」リクのそんな様子を酷く引いた目でユキが見つめていた。
「…いや『環境』って、私が協力してあげたおかげでしょ?」
ユキはむっとしてリクに歩み寄る。
「『泥を取ってやるから協力しろ』だなんて、よくあんな土壇場で文字が書けたわね」
ユキの泥を集めて投げつけたとき、ユキの泥に魔法で文字を書いた。
実際には落とし穴とバイクで勝つつもりだったが、保険をかけておいてたことが功を奏したというわけだ。
最初にヒョウに攻撃された時、ユキが声を掛けてくれたので、もしかしたらと思ったが正解だった。
「っていうか、あんたもわざわざ従う事なかったのに助けてくれるとはな。逆にあんなに強く殴り倒してよかったのか?」
「ま、約束は約束だし。それに、こいつは頑固すぎて、こうでもしないと落ち着かないのよ」
リクはヒョウの腕を後ろ手に縛りつけると、安心したように座り込んだ。
直後、頭に強い衝撃を受けた。
目の前がかすむ。
頭が地面に惹きつけられるように、そのままヒョウの横に突っ伏した。
最後に見たのは、ユキが自分に向かって言った一言。
「ばーか」
そこで、リクの意識は途切れた。
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