4話追跡(3)
もう幾度目かの鞭を、リク目掛けて振り下ろす。
だが、その鞭はリクにたどり着く前に停止した。リクが魔法で女との間に土の壁を作り出していた。
ただし、先程作ったものとは違う。作ったのは池の水分をたっぷり含んだ、泥の壁だ。
魔法によって操作している物は、空石によってマナの操作を乱されて、崩壊させられてしまう。
しかし、ただの泥の塊ならどうだろうか。
魔法が解除されても、純粋に泥の抵抗で、鞭は簡単には引き抜けない。女は、予想外の事に戸惑い、まだ鞭を手放さずにいた。
「な、なによ、これ!」
リクはその隙に、バイクを再び操作した。
「なあ、悪く…思わないでくれよ」
リクの声に、女ははっとして後ろを振り向く。
背後から女を強力な風圧が襲った。遠隔で引き寄せられたバイクの風が、女の背中を思いっきり押し出す。
飛ばされた先には、当然先程の泥の壁があり「べちゃっ」という音を立てて、女は泥の中に突っ込んだ。
リクがとどめとばかりに、女の後ろに再び高い泥の壁を作り出し、それを解除した。泥の壁は、重力に従って、女に向け倒れこむ。
直接魔法が使えなくとも、相手の身動きさえ取れなければ、やりようはあるのだ。
全身泥の塊に埋もれ、身動きが取れなくなった女は抵抗を諦めたように動かなくなった。
かなりの不快感だろうが、しばらくは我慢してもらうしかない。
「…最悪」
その感想には、流石に同感だった。何しろ全身沼から作られた泥まみれだ。
「仕方ねえだろ、絶対にまた襲わないなら、泥をどかすの協力するけど。あと、質問に答えてくれるなら」
女は、ため息をつく。しかしすぐに泥のにおいに顔をしかめた。呼吸すらきつそうに見える。女は鼻声で言った。
「…死んでもあんたとは話したくない。と、思ってたけど。この泥だけはキツ過ぎるわ。で、何が聞きたいの?」
「まず、あんたの名前は?」
「…アマクラ・ユキ」
「あのテロリスト『エイチ』の仲間?」
「おえ…あんなのと、一緒にしないでくれない?」
ユキの言葉に、内心安堵していた。雰囲気からも、とてもあのグレンと同じ仲間とは思えない。
もっとも、それが信用させるための嘘かもしれないが。
ただ、ひとまず友人がテロリストと繋がってる訳ではないということに、気が緩む。思わずその場に座り込んだ。
地面は泥でぬかるんでいるものの、どのみちあちこち泥だらけだ。
ユキはそんなリクの様子を冷たい目で見つめていた。
「そもそも、テロリストじゃないなら、なんで俺を襲うんだよ?」
「さっきも言ったでしょ、私、魔法使いが嫌いなの」
ユキは、泥から抜け出そうともぞもぞと動いている。
「おいおい、そんなので本当に信じると思ってんのか?」
ユキは、その時リクの後ろを見て泥も気にせず叫んだ。
「待って、早くそこから離れて!」
叫びの甲斐もなく、リクはその場を振り返った瞬間、身体に衝撃が走り、水切りのように湖の中まで吹き飛んだ。
大きなしぶきが上がり、身体が沈む。
巨大な岩が当たったのかと思うほどの衝撃の主は、2メートルはあろうかという短い黒髪の大男だった。
色白な割に似合わない全身筋肉の塊のような男だ。
「ユキお前、無事か。どこかけがをしたとか?その泥の中は、一体どうなってー」
「うっさい」
ユキは、ふてくされたように一言だけ、男の言葉を遮るように返した。その様子に、男は安心したように胸をなでおろすと、ユキの頭に手を置いた。
「お前が、ヒジカタ・リクだな。あんたに恨みはないが、ユキの礼をしてやらんとな。ここからは、俺が相手をしよう。俺は、クラカタ・ヒョウという名だ」
ヒョウと名乗ったその男は、リクに向き直ると、湖のそばまで歩いてきた。リクは思わず湖の水面を叩く。ぱしゃんと水が顔にかかった。
冗談じゃない。ただでさえボロボロなのに、この上新手かよ。
「また大男か。昨日とおんなじ展開みたいだ…。俺、もしかして呪われてるのか?」
リクはかろうじて立ち上がると、対峙するように向かい合った。
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