4話追跡(2)

声のトーンから、リクがつけていることに確信を持っていることがわかる。


諦めて木の後ろから前へ進み姿を現すことにした。


「わかった。その代わり、聞かせてくれ。あんたは何者で、ソラとはどういう関係だ?」


女は「はぁ」と息を漏らした。


「さんざん付け回してきて、聞きたいのはそんなこと?あんた、アイツとそういう関係でもあるわけ?」


女は眉を釣り上げ、吐き出すような顔をしながら言った。


「ち、違う、そうじゃねえよ。実は、俺はソラと同じ会社に勤めてて、ソラとは、学生からの友達でー」


リクは誤解を解くように慌てて話し始める。しかしそれもすぐに遮られてしまった。


「知ってる。あんたはヒジカタ・リク。クジョウ・ソラとは同級生。で、昨日テロリストから命を狙われて泣きながら逃げ出した、臆病者」


女は鼻で笑うと近づきながら淡々と話していく。


リクは血の気が引くのがわかった。昨日のことも、知られている。


それが意味するところは、やはりこの女はテロリストの一味だということか。


本来なら、すぐにでも逃げ出すのが正解かもしれない。しかしその前に、リクにはどうしてもハッキリさせておきたいことがあった。


「俺が『臆病者』…?お前、ちゃんと見てたのか?」


妙に凄味を増したリクの様子に、女は思わず「はぁ?」と声を漏らした。


「あの絶体絶命の状況で、必っ死に、友達かばって逃げ回って、そこそこ格好いいことも言って、果敢に立ち向かった俺の姿を!『臆病者』だと?お前、ちゃんと見てたのかっつってんだよ!」


その怒り様に、思わず女は半歩身を引いた。


リクはそうやってキレながら、実は頭では冷静に周囲に目配せしていた。


自分の逃げ道も確保しておくため、バイクの位置を確認する。今ならすぐにでも動かせる。


怒っているのは本当だが、プライドは命には代えられないことは昨日十分に学んだ。


そんな様子を察したのか、女は見下したようにうっすら笑みを浮かべた。


「あぁ…そうやって、いつも虚勢ばっかり張ってるのね。それ、『良いバイク』よね」


女は小さくつぶやくと、鞭のようなものをリクに向かって振りかざした。


反射的に避けると、鞭はリクのいた場所、その奥の木の肌深くをえぐる。


リクは自分に当たった事を腹を想像して吐き気がした。その直後大きな音を立ててバイクが草むらに倒れた。


気付けば、魔法で操っていたはずの力が消えている。


気を取られた隙に、女はリクへ向かって走り出していた。


あっという間に距離を詰めると、腹部に向けて一撃。低い姿勢から強烈な拳が入る。


不意打ちに呼吸ができず、膝から崩れ落ちた。


追撃を避ける為、地面の砂や木の葉を手当たり次第に風で巻き上げると、後ろへ転がるように下がった。


風の向こう側で鞭のしなる音がしたかと思えば、巻き上げた風は簡単に消えてしまう。


その様子に焦りを感じ、リクは頭を働かせた。あの女、人間なのに魔法に対抗してくんのかよ。


あの鞭には何か秘密があるのか?

何か特殊な魔道具か?しかし鞭からはマナが使われている気配はない。


その謎を考える間もなく、追撃がやって来た。


遠距離では鞭、距離を詰められれば、深く突き出す拳。


2回、3回と拳が身体に打ち込まれ、刺されたような鈍い痛みが身体を襲った。


女は、手に薄手の手袋をはめている。手袋の先には、小石がついており、かするだけでも皮膚を切り裂く。


リクは、反射的にいくつかはかわしていくものの、すべてはよけきれずに何発かは身体に拳を受ける。たまらず距離をとった。


「なんで、こんな事をするんだ…」リクの声はいじめられた子供のように情けない。


「私は、魔法使いより強いって、証明するのよ」そう言いながら、女はリクをにらみつける。


「あと私、魔法使いが嫌いなの」


「は、はぁ?なんだよそれ!」


リクが言い終わらないうちに、女は再び鞭を構えた。また来るつもりだ。


リクは咄嗟に土を使って、女との間にいくつもの壁を作り出した。


幸いにも足元の土は柔らかく、動かすのは簡単だ。


しかし、それも鞭の一振りと拳1発でビスケットのように簡単に壊されていく。


女の武器には、明らかに魔法に対する抵抗力があるようだった。鞭をよく見ると、先端は手袋と同じように、先端は石が付いている。


あの武器の正体、これまでの攻防から考え出された結論をぶつけてみることにした。


「その武器、空石でできてるのか?」


女は少し動きを止め、押し黙った。無言は、おそらく正解を指すのだろう。


空石は、魔法で加工することができない唯一の鉱物。


加工できないということは、魔法に対する抵抗力があるのかもしれない。


まさか、それを削って武器にするとは。


石を削るなんて細かい労力を嫌う魔法使いじゃ、絶対に考えられない。


「で、わかったから何?」


女は全ての壁を破壊したと同時に、再び距離を詰める。


逃げ出そうと飛び上がったリクの足を鞭で絡めとり、引き摺り下ろした。


そして、目の前まできたリクの腹を、容赦なく蹴り抜いた。反射的に風魔法でガードしてしまうが、靴の先にも空石がつけられているのか、ガードは簡単に崩されてしまう。


痛みと衝撃に、坂道を転がったリクは、その先の水溜まりのようなものに顔を突っ込んだ。


慌てて顔を上げ、口や鼻の中に入り込んだ水を吐き出す。目の前に見えたのは、大きな池だった。


「なぁ、後をつけたのは悪かったけどさ、なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ?」


「…私は、ほんとはあんたのことなんてどうでも良いの。ただ、魔法使いは全員死ねば良いって思ってるだけ」


リクは、女の言葉を聞いて、背筋にぞっと悪寒が走る。こいつはヤバいタイプの女だ。


「ここで、私にボコボコにされれば、あんたは病院に行けて、安全なとこに居られる、そっちの方が良くない?」


女は邪悪な笑みを浮かべながら言った。


「おいおいおい、ちょっと待て。言ってることが全然矛盾しているぞ」


リクが聞き終える前に女はもう次の攻撃に向けて動き出していた。

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