4話追跡

リクはデスクの書類を片付けると、亡霊のように会社を後にした。


真昼間から帰り支度とは、もう既にクビになった気分だ。


グレンはすぐに出社できるようにすると言っていた。しかしヨウタの言っていたことが事実であるなら、自分は完全に嵌められたとしか言いようがない。


自宅に帰ろうにも、昨日の今日では帰った瞬間家が自分ごと木っ端微塵、と言う可能性すらある。警察に言おうにも、不確実なことで会社を裏切るのは避けたい。


せめて、身を守ってもらいたいが、自分が狙われているなんて言っても、誰が信じてもらえるだろうか。


どこに行くにも落ち着ける場所のなさから、足元がおぼつかなかった。


バイクに乗り、途中の花屋に寄うといくつか花を選んで包んでもらった。


途中通りがかったあのバー『ウィート』は既に後片付けがされ始めている。


落ちた砂糖菓子に集まる蟻のようにマスコミが押し掛けていた。


リクは積まれた花束の山にそっと花を乗せ、手を合わせた。報道によると『ウィート』の従業員は、みな爆発が起きる前に殺害されていたという。


ヨウタは、おそらくリクが来なかった時におびき寄せるため、生かしておいたのだろう。


リクはその場を去ろうとしたが、ふと視界の隅にソラがいるのが目に入った。仕事中に抜け出してきたのか、スーツ姿で立っていた。


後ろ姿だが、リクにはすぐわかる。


声をかけよう。これまでのことを相談して、助けてもらうには彼しかいない。普段は軽い彼だが、学生時代事故の後に味方になってくれていたのはソラだ。


そう思って、駆け寄ろうとした。


その時、ソラの隣にいる別の人物に気付き慌てて立ち止まる。それは、見たことのない黒髪の女性だった。


歳は自分と同じくらいか、少し若そうだ。


黒髪という事は、人間である事は間違いない。グレンの言葉を思い出し、緊張感が走った。


まさか、エイチと関わってたっていうのは…。


ソラは、女と少し話をしたかと思えば、そのまま車で空へ飛び出していった。恐らく仕事に戻ったのだろう。


一方の女は、駅の方へと歩き始めた。


この国では、基本的に人間は所得が低いため、電車やバスによる交通機関は人間が主に使うものと、魔法使いが長距離で移動する際に利用されるものの2つがある。



リクは、後を追うためバイクで電車の行く先へ向かうことにした。


ソラが本当にテロリストと関わっているのだとしたら、証拠を見つけなければ。


本当にそうだとは思いたくはないが、このままでは、自分が犯人として捕まるのも時間の問題だ。自分が助かる為には、真実を見つけるしかない。


その女は見た目は幼く見えるものの、身長が高くスタイルもよく、顔立ちも整っていた。


ソラは学生から、特定の女性と付き合っている様子を見たことがない。


チャラ付いた雰囲気や口調で女性にはもてていたようだが、当の本人は本気ではない様子だった。


先程の会話の様子からも、決してそういう仲という感じでもないように見えた。


そもそも、人間と魔法使いが恋愛になるなど、聞いたことがない。人間と魔法使いが作る子供には、魔法を使う力は受け継がれないからだ。


更に言えば、大半の魔法使いは人間を見下しており、プライドが高く身分をとても気にしている。この国での映画や漫画の悪役は、大抵が人間だ。


女は、電車に20分ほど乗った後、街の外れの、人間街までやってきた。



電車を降りるのを見逃さないように、降車する客に目を配らせていたリクも、それに続くように降り立った。


そこは、ゼットと呼ばれる魔法使いの地区制から外れた場所で、通称『人間街』と呼ばれている。



そこには、魔法使いがほとんどいない。魔道具によるインフラ設備もほとんどなく、貧民街の独特な雰囲気を持つ。



人口密度は高く、街は黒髪の人でごった返しになっている。


リクはバイクを持っている以上どう考えても目立ってしまうため、繁華街は上空を飛びながら尾行した。


女は街でも顔が広いようで、何人か通りすがりの人が挨拶をしている。街の繁華街を抜けると、細い小道に入り、徐々に周りの風景が住宅地から畑や林に変わってきた。


リクは、人通りが少なくなってきたところでバイクを地上に降ろすとゆっくり動かしながら尾行を続行する。



バイクはいつ襲われるかわからないので保健のために残しておきたかった。


林に入って400メートルほど進んでいる途中、木々が少なく広場のようになっている場所の中央で立ち止まった。



振り返り、数メートル後方にいるリクまで聞こえるよう力強い芯のある声で言った。


「ねえ、そろそろ辞めてくれない?付いてくるの」

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