3話ありえない(3)
「支店長がお話があるそうですので、こちらへお越しください」
そう言われ、グレンのオフィスがある最上階へ向かった。
ドアの前まで来てノックをする。
グレンは、リクをオフィスへ迎え入れた。
オフィスには、これまで会社が開発した商品がずらりと展示されている。よく日が差し込む全面ガラス張りの窓からは、街が一望できそうだ。
窓の傍には大きな支店長専用のデスクが置かれていた。グレンは、切れ長の鋭い瞳にオールバックに撫でつけられた長めの銀髪、もう50歳になるというのに、全く老いを感じさせない。
「随分と疲れてるようだが、君も、もうニュースは見たんだろう」
低く落ち着いた声だが、グレンの表情は暗かった。社員がテロにあったのだから当然だろう。
「はい、会社でももうずいぶん噂になっているようで」
「テロ、か…。人と魔法使いの不平等を訴える、その気持ちはわかる。人の扱いには、目を背けずにはいられない。私は、この世界の不平等を憎むよ。人間でも魔法使いでも、努力するチャンスは、常にあるべきだ。君は、おかしいと思うかい」グレンはそう言ってリクの目を見た。目が合うと魂を持っていかれそうになる程鋭い瞳だ。
グレンの言葉にリクは驚いていた。こんなに身分が上でも、そんな風に考えている魔法使いはいるのか。その考え方には共感できる。
障害や前歴のあるリクを入社させてくれたのも、こういう考えが根底にあったからなのかもしれない。
とはいえ、自分の置かれている状況にリクは戸惑っていた。
グレンはこの支店のトップであり、この地区でも知らない者はいないくらいに支持を得ている。わざわざオフィスまで連れてきて話しなんて、よっぽどのことだ。
しかも、グレンとリクには過去に大きな因縁がある。
「はい。あんなやり方はおかしいと思いますが、主張をする権利は…あると、思っています」遠慮がちに返した。これは何かのテストかとビクビクしてしまう。
「あんなやり方、か。否定されると思っていたが、やはり君は私と考え方が似ているな。君を面接したときのことを、よく覚えているよ。君が採用面接に来たときは、驚いた」グレンがそう言うのも無理はない。
何故なら、リクが5年前に起こした事故。その相手はグレンの息子、イツキの脚を奪ったものだからだ。
その一年後、グレンが主導で身体に直接装着するタイプの、新しい魔道具が開発される。
それらは『身体補助魔道具』として、大きな注目を集めた。『魔道義足』を装着したイツキが、グレンとともに写った新聞記事を、当時何度も見た。
「ありがとう…ございます」
リクはおっかなびっくりしながら答える。5年前の自分は、まさか本当にここに就職できるなんて考えてもいなかった。
「君の言う通り。最近は地道な抗議活動の代わりにテロが過激になる一方だ。違法魔道具の使用によって、わが社が受ける風評被害も高まっている。身勝手な連中には腹が立つよ」
グレンはそう言いながら、拳を強く握り締めた。声には強い怒りを感じる。
「ええ、本当にそうですね。今日は、午後お休みをいただいて、カミシロ君のところに見舞いに行こうと思っています」
グレンは、そうか、と息を漏らす。
「その前に、一つ聞きたいことがあってね」
リクの目を、じっと見つめている。その表情からは、先ほどの暗さは消え、光を宿している。
「彼だが、先ほど病院からこちらに連絡があったそうだ。秘書が言うには、細かな詳細を聞く時間は取れなかったが、君も巻き込まれたと言っていた。君も、その場にいたのか?」
リクは、ヨウタの無事に安心したものの、思わぬ指摘に心臓が飛び上がった。
「えっと、そうです。何とか、彼を抱えて逃げました」
「彼は、少ししてまたしばらく意識を失ってしまったそうだ。今はご両親が付いている。面会できるかは、わからないよ。だが、なぜ君たちがその場にいたのか、報告するべきじゃないか?」
リクは、そこでようやく自分が呼ばれた理由に納得がいった。
「えっと…申し訳ありません。彼とはよく飲みに行く仲で…昨日も、そのつもりでした。プライベートなので、報告まではと…」
「そうか。恐ろしい連中と聞くが、よく無事だったな。彼らの狙いは今まで、宝石店や銀行など、金目のものが目当てだったが。今回なぜバーが狙われたのか…」
グレンの言葉に、リクは安心して昨日の夜のことを改めて話すことにした。ベンケイの発言も含めて、すべてを伝えることにした。
グレンは目を瞑って聞いていたが、すべてを聞き終えると立ち上がって、窓から外を見下ろした。
「そうか…。実は、私も内密に調べていたことがあってね。テロ組織と我が社の関係についてだ。彼らの使う違法な魔道具は、会社の製品に似た構造を有していると製品開発部の報告もある。そして、ここだけにしてほしいのだが…。どうやら、社内につながりのある者がいる、という話も出ている」
まさか、そこまで話が出ていたのか。リクは、肩の荷が少し下りるのを感じた。しかも、すでに内密に調査が始まっていたとは。
「しかし、あんな威力の高いもの、いくら社内でも、一人では絶対…無理ですよね」
「ああ、おそらくは数人が関わっているとみていいはずだ。しかし、誰がどう関わっているか全くわからない。上は、君や私でさえ、その疑いの目をかけてきている。この事を知っているのは、ごく一部の人間だけだ。くれぐれも内密に、頼むよ」
リクがうなずくのを見ると、続けてこう話した。
「今日ここに呼んだのはね。実は…それとは少し別の理由なんだ」
グレンは、少し言いよどみながらリクの方を見た。
「残念というべきか…。むしろ、心身ともに疲れているだろうから、良いタイミングと思ってもらいたいんだが。君には、しばらく自宅待機をしてもらいたい」
リクは、突然のことに「えっ」というすっとぼけた言葉しか出てこなかった。
「君が、社内で不正を行っている。そういう内部通報が、匿名で来てね。嘘だとは思ってるんだが、君には個別に調査が入るかもしれない」
リクは、頭の中が真っ白になった。昨日のヨウタとの会話を思い出す。
この流れは、とてもまずい。
まるで、今先ほど話していた会社の裏切り者が、まさに自分だ言わんばかりではないか。
「もちろん、君の先程の話が嘘だとは思わない。実際に君は襲われている。だが、カミシロ君は重症、君だけが無事生き残っている」
グレンは続けた。いろいろな面で今の君は状況がよくないのだ、と。
「私は君の話を聞いて、とても嘘を付いているようには見えなかった。会社で何が起きているのか、必ず私が突き止める。だから、君は待っているんだ」
ありえない。茫然としたなかで、リクに出てきた唯一の言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます