3話ありえない(2)
ぶつかった拍子に、右手の魔道具から攻撃が放たれた。
誰もいない道路に向かってオレンジの閃光が放たれる。それは街灯の切れた暗闇の中をカッと照らした。
店を吹き飛ばしたあの爆発が巻き起こる。高熱が道路のアスファルトを剥がし、街路樹は炎を噴いた。向かっていた警察の車両は、ひっくり返ってサイコロのように回転していった。
リクたちも衝撃で大きく後ろへ飛ばされる。途中でバイクのアクセルを強く踏み込み、その勢いを利用して飛び上がった。
そして、一直線にその場を離れていった。
ベンケイが起き上がった時には、既にリクは上空に飛び出し、立ち上がる黒煙の中に突入した後だった。
煙の中なら、場所も特定されない。あの厄介な右手の攻撃は、冷却時間に2分近く要する。
リクは、右手に目をやりマナの残高を確認した。まだ、ギリで大丈夫。よし、このまま逃げ切ろう。
煙に紛れながら上昇し始めたリクだが、直後に強力な風にあおられ、あっという間に煙はかき切れてしまった。
15メートルほど前に、恐ろしい形相のベンケイがいた。
魔道具の靴が強い風をまとい、マナを辺りに撒き散らしながら、睨みつけている。
その恐ろしい顔と、移動速度に改めて寒気がした。
いくら何でも、早すぎる。こんな速度で追われるのでは、逃げることなんて不可能だ。
「やってくれるじゃねえか、クソが」
ベンケイの声は怒りに満ちていた。右手の魔道具は、バチバチと音を立てている。
放熱しているというより、故障しているように見えた。
強力な力を持つ道具ほど、構造は精密で衝撃にも脆い。先ほどの暴発で故障したのかもしれない。
「度胸だけじゃ、なかっただろ」精一杯の虚勢を張った。
「というか、それだけの開発力を持ってるのに、何でお前達はこんな事にしか力を使えないんだ!?」
リクはベンケイをまっすぐ見つめて叫ぶ。すると、薄笑いを浮かべた。
「それを言うなら、お前らの会社の方が、よっぽどタチが悪いんじゃねえか?コイツがお前らのもんだって知りもしねえで、よく言うぜ」
リクはその言葉に、一瞬思考が停止した。
「いったい…何を言っているんだ?」
会社が、違法魔道具を…生産?
だが、それを考える間はなかった。今、左手の攻撃を食らえば、身体が硬直して落下する。
そうなれば、もう逃げるチャンスはやってこないだろう。
しかし、バイクをどれだけ飛ばしても、こいつからは逃げきれる気がしない。
それらの思考は、後ろから飛来した大きな塊にかき消された。その塊はベンケイに向かって勢いよくぶつかっていった。
ベンケイはそれを避けたが、身体を通過した後うしろで大きく弧を描き、もう一度向かっていく。
向かってくるものの正体は、瓦礫のようだ。
ベンケイは「うっぜえなぁ!」と雄たけびを上げ、足で瓦礫を踏みつけ地面に叩き落とした。
リクはわき目もふらずに全力でその場から飛び去る。
ベンケイがすかさずリクに向けて左手で攻撃を放ったが、飛距離が足りず雷が宙に弾ける。
リクの進む方向の先から、追撃の瓦礫が3つほど、ベンケイに向かっていくのが見えた。
あれは、一体なんだろう。誰かが、助けてくれたのだろうか。
今のリクには、考えている余裕はなかった。
◇◇◇
リクがバイクを降りたのは、それから30分後のことだった。
ヨウタを病院に送り届けると、容体は思ったより酷いらしくしばらくは意識が戻らないという。
病院には、先ほど別の場所で同時に発生したテロによって何人も運び込まれていた。
重傷者を連れてきたリクは、当然近くにいた警察に事情を説明することになった。
会社のことや自分とヨウタが狙われていたこと、ベンケイの言っていたことは伏せて、ただ巻き込まれたことにした。
まだ確証もないのに、会社に迷惑をかけるようなことは避けるべきだ。
病院を後にしても、時間は日をまたぐ前だ。しかし、とても家に帰る気にはなれなかった。
考えるべきことはまだ山ほどある。
まず、ベンケイは自分の名前や会社を知っていた。そして、違法魔道具はうちの会社が関わっていたとも言っていた。
明らかにあの男はリクとヨウタを狙っていて、その理由も全く心当たりがない。
24時間のファミレスに入ると、テーブルに突っ伏したまま家に帰ることなく、次の日会社へ出社した。
途中で銀行に寄って、マナを魔石にチャージした。
安いシャツと下着、スーツを買い揃えて、会社のトイレで着替えた。昨日の事件に関する情報が無いか、会社の魔道具でニュースを確認する。
『人間による魔法使い襲撃事件ー最新情報』
≪昨晩、複数の人間による無差別的なテロ行為により、死者4名、重傷者15名。犯行声明などは特になく、犯人の行方や目的も不明ー≫
違う。無差別ではなく、明らかに個人を狙った殺人だ。
リクは重傷者の中に、ヨウタの名前を見つけた。会社内でも、情報を得た社員が既に噂している様子だ。
この地区で起きたテロ行為としては最大規模で、社員が被害者にいたのだから当たり前だろう。
午前中に連絡業務や雑務を済ませておく。作成した提案資料を先方に送り、休暇届を出してその日は早々に帰ることにした。
届けを部長に提出すると、上司であるキジマに、このクソ忙しい時にロクな成績も残さねえで、と散々嫌味を言われた。
しかし、昨日の出来事に比べれば大したことはない。
帰り支度が済んだのは14時。出口へ向かおうとしたリクを呼び止める声が聞こえた。
声の主は、銀髪のショートヘアに細い目、グラマラスな体型のリンナと呼ばれる女性だ。
彼女は、リクのいるこのマグ・バンクの支店長、アサクラ・グレンの秘書だった。
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