2話テロリスト(4)


バー『ウィート』は、会社があるエル地区の住宅地にある店だ。外観はネオンの光が印象的などこにでもあるバーだが、実は店主がレストランを退職して始めたこともあり、とても料理がおいしい。


リクやヨウタは晩ご飯を食べるのに隠れた名店としてよく利用している。


店が見えたころには20時を回っていた。


立地の都合上、駐車場が道路を挟んで店の反対側にあるので、バイクを停めると盗まれないように魔法で鉄の鎖を付けておく。駐車場には、人間による盗難を防ぐためにこうした鎖があらかじめ置いてあることが多い。


店の様子にひとつまみほどの違和感を覚えながら、リクは店の扉を開けた。


いつもなら外からも聞こえるはずの店員の声や、客の声が聞こえない。窓から見える客の姿も、ヨウタを除けば大柄な男が一人だけだ。 


カランと入り口のベルが鳴る。中にいるヨウタへと声を掛けた。


「お待たせ。連絡くらい寄越せよ」


ヨウタの顔は海の底のように真っ青で、リクを見るや手を突き出して叫びだした。


「やばい!今すぐ逃げろ!」


一瞬にして、オレンジ色の光が店内を包む。その直後、耳が割れるような爆発音が響きわたる。それと同時に、店内から強烈な熱と風が、体を一瞬で外のバイク近くまで吹き飛ばした。


大小のガラス片が道路に飛び散り砕ける音、煙の臭い。炎の熱気があたりを包む。


全身が叩きつけられた衝撃で、起き上がる事もできない。


視界には、燃えた店の看板が路上に転がり、店内は燃え盛る炎に包まれていた。


周囲は一気に煙が広がっていく。


ヨウタはリクと同じく道路に倒れており、ぐったりとしている。


体はピクリともしない。頭からは血が流れているのが見えた。あれはどう考えても重症だ。


一体、なにが起きたと言うのか。

訳が分からない状況に、頭が混乱する。


ヨウタが声を掛けてくれなければ、死んでいたはずだった。


爆発直後、反射的に風を操り体を保護していた。その魔法はヨウタにも向けていたのだが、障害が邪魔をしてうまくいかなかった。


はいずりながらヨウタに駆け寄る。まだ息はあるようだ。


しかしすぐにでも病院に連れて行かなくては危険なことは明白だった。


そこでリクはふと考えた。そういえば、他の客はどうなっただろうか。


たしか、店内には人間の客が一人いたはずだ。店主が珍しく人間に偏見のない店なので、従業員にも人間がいる。


ごく稀に人間も飲みに来ていたのを見たことがあった。ただ、普通に考えれば人間があの爆発で無事でいるはずがない。


店内に目をやると、燃えた店の中から人影が見えた。体格から、先ほど店にいた男だと分かる。


リクには、その男が明らかにまともな者ではないと直感した。爆発に巻き込まれたはずなのに、全く傷を負った様子がない。


その男は、鼻歌を歌いながら窓際のテーブルに飛び乗った。窓枠に残ったガラスを蹴とばすと、道路に飛び出す。


身体についたすすをはらうために、服を叩く。まるで、雨の日に外から帰ってきたような、日常的なしぐさ。


思わず背筋がぞっとする。


背後で燃える炎が影を作り、表情はわからなかった。


しかし、その男はリクを見て、確かに小さく笑った。


爆発、黒髪の長身。その姿に、リクは今朝のニュースを思い出す。


それらの特徴は、テロ組織『エイチ』のリーダーとされている、ベンケイを思い起こさせた。


そして、そのベンケイは今、リクをまっすぐ見つめている。


「お前ヒジカタ・リク、だよな。来ねえかと思ったぞ」ベンケイの言葉に、それまで目まぐるしく回転していた頭が真っ白になる。


ありえない。


今日この言葉が頭に浮かぶのは2度目だ。しかし、状況は昼と全く違う。


目の前にはテロリスト。周囲では爆発と悲鳴、そして焼ける匂い。


俺は、ただ友達と飲みに行く約束をしていただけなのに。


何が、どうしてこうなった。


目の前のテロリスト、ベンケイらしき男は、自分の名前を知っている。


もちろん、そんな男から名前を覚えられる理由など、見当もつかない。


「つうかお前、何で生きてんだよ。ったく、面倒くせぇな」


グレンは、けだるそうに頭を掻くと、リクに向かって歩き始めた。腰が抜けそうだが、やらなければならないことは明確だ。


逃げなければ。


リクの耳に、爆発音が聞こえた。音はここからほど近いところで発生しているようだ。


ここ以外でも、同じようなことが起きているということか。同時に多数の場所で爆発の発生。警察の到着はすぐには期待できそうにない。


リクは、魔法でバイクを鎖ごと自分の元へ引き寄せた。障害でヨウタを直接魔法で持ち上げることはできないが、抱えて自分が飛ぶ分には問題ない。


後は、このバイクが頼りだ。ベンケイはあくまでも人間。空に飛び上がればさすがに何もできないはずだ。


バイクに乗り込むと、30メートルほど上まで一気に浮き上がった。ヨウタの体を、鎖を使ってバイクに括り付けておく。


前を向いたリクの口から、小さく声が漏れる。


「そんな、バカな」


リクの少し上に、ベンケイが立っていた。


一瞬で、バイクよりもはやい速度で更に高い位置にいる。そんなこと、人間業じゃありえない。


「慌てんなよ。まぁまずは、落ち着け」


その言葉と同時に、ベンケイは上から踏みつけるように足を下ろす。直接当たったわけでもないのに、強力な風がバイクごとリクを一気に地面に叩き落とした。


地面に接する直前、バイクを全力で起動した。風を纏わせ、なんとか衝撃を和らげる事には成功する。


しかし、その衝撃でリクとヨウタはバイクごと道路に投げ出されて転がった。


「落ち着け、だけに、いい感じに落ちてったな」ベンケイは満足そうに笑うと道路へと降りてきた。


衝撃で脳がまだ揺れている。


ゆっくりと地上へ降りてくるベンケイの低音のよく響く声がぼんやりと聞こえた。


この男は、人間のはずだ。最新型のバイクよりも早く一瞬で飛べるなんて、ありえないだろ。


地面からベンケイを見上げ、その足元を見てようやく理解した。ガタイの良さで気づかなかった。


よく見れば、こいつの靴の大きさは、普通の靴より一回り以上大きい。


あれは特殊な魔道具に違いない。魔道具についてはほとんどの商品が頭に入っているリクでも、初めて見るものだった。


その正体には心当たりがある。ニュースでもやっていた、違法魔道具。


どういうわけか、それが犯罪組織に出回っているらしいとニュースでもさんざんやっていた。


異常な出力と殺傷性を備え、その力は魔法使いが使う力をはるかに上回るものもあるという。


ゆっくりと近づくベンケイの靴の周りで、道路に散らばったガラスなどの破片が渦巻いていた。


あの靴は強力な風を操っているのか。


よく見れば、左右の手にも大きなグローブをはめている。左右はそれぞれ形が微妙に違っている。


おそらく、それぞれに別の能力があるに違いなかった。


魔道具とは、魔法を物に定着させ、マナさえあれば誰でも使えるようにしたものだ。それは人間でも例外ではない。


ただ、原則的には一つの魔道具につき一つの機能しか持たないはずだ。


店を爆発させた最初の攻撃が一つ、足には風。あともう一つは何だろうか。


リクはぐったりとしたヨウタを見て、ゆっくり歩いてくるベンケイを見た。


俺がなんとかするしかない。


とにかく、この場を切り抜けるには、相手の魔道具について把握しなければ。

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