2話テロリスト(3)

「2年も前の数字なんかいじって、いったい何がしたいんだ?もし売上を追加してくれてるってんなら、誰かが俺の評価を上げてくれてる、とか」


「その逆に、不正をでっち上げてつき落とす、とかな。まぁ、とにかくだ、今夜いつものバーでゆっくり話さないか。時間は19時でどうだ?最近、なんか落ち着いて飲んでないしさ」


ヨウタの話はあまり信じられなかったが、ただでさえ地の底な自分の評価を落とされるとあれば、黙っちゃおけない。


リクはヨウタの提案を快く了承し、とりあえずヨウタのデータを画像にして自分のタブレットにコピーした。


「おっリク君とヨウタ君じゃん、混ぜてよー」


その時、後ろからソラがやってきた。

ヨウタとアイコンタクトを取り、売上の話はそこで中断された。何が起きてるかわかるまでは、伏せておいた方がいいはずだ。


3人は昼の残された時間、上司のくだらない愚痴や、会社の最近の恋愛事情などの雑談をして過ごした。食べ終わる頃にヨウタの名を呼ぶ声がして3人は振り返る。


「カミシロ君、お昼中に悪いね。今日話してた資料なんだけど、午後急ぎで欲しいんだ、すぐ用意できるかな」


声の主は経理部の部長、カヤマ・ヒデヒコだった。


50代の割に体格が良く、口の髭が整えられている。穏やかそうな印象を受ける人物だ。


じゃあ早めに仕事に戻るわ、とヨウタは急いで食事を済ませて立ち去った。


◇◇◇


その日の夜、外回りの営業を終えたリクは新規の契約に向けて提案資料を作成していた。資料の作成も、魔道具が発展してみるみる様変わりしている。


今やデータ保管から報告書の作成、取引先への連絡など、すべてに魔道具が使われている。


ようやく資料をまとめ終えると、会社を出たのは19時半だった。


遅くなる連絡は、30分ほど前に自分のタブレットから行っている。


しかし、一向にヨウタからの連絡はなかった。


仕事が終わったかを確認しておくため、リクは経理部に向かうことにした。


経理部のオフィスにはたくさん働の人が残っているようだったが、その殆どが人間だ。


やはりそこにもヨウタの姿はなかった。そもそも、大半の魔法使いは早々に帰り、残された雑務は全て人間に任せている。


それがどの会社でも当たり前となっている。


『めんどくさいことは人間に回しとけ』これは最初の研修でも聞いた事だ。リクはその言い方にむかついて、研修中の身でありながらもつい先輩に向かって『一言』申し上げてやった。


そもそも、5年前の事故のことは大半の社員に知られていて悪評が立っていた。それらの出来事が合わさった結果、ほとんど売上の取れない今のエリアがリクの配属先となったのだ。


経理フロアには、魔法使いは3名しか残っていなかった。一人はランチの時にも見かけた経理部長。もう一人は20代後半くらいの痩せた男、名前はドモンという。


ドモンは、リクをあのさびれ切った営業エリアに送り込んだ張本人の1人でもある。忌々しい。


人事に顔が利いて、研修の時点で彼が気に入らなかった者は同じような目に遭っているらしい。上には媚びへつらい下には我が物顔する一番嫌いなタイプだ。


もう一人は、今年入社した女性社員だった。


眼鏡姿に細い銀髪がきれいに切りそろえられているおかっぱの髪、いかにも真面目そうな雰囲気をしていた。ヨウタが前に、眼鏡を外すとすごい美人とはしゃいでいたのを思い出した。


「あのー。カミシロさんは、もう仕事上がってますよね?」


リクは彼女に近づいて話しかけた。


それまで画面から目を離さなかった彼女は、いきなり話しかけられたことで雷に打たれたように驚いた。そして不安そうな表情をこちらに向けている。


そんな顔をされても困る、質問しているのはこちらだ。


「実は、今日彼と飲む約束しちゃってて…」


彼女の様子に、なぜか申し訳なくなって状況を付け足した。


「あ、えっと、はい。もう、今日は…いません」


ようやく彼女は答えてくれた。それでもかなりたどたどしい。


「お前、わざわざここまで何しにきたんだよ。とっとと帰れ」


ドモンがねちっこい声で話に割り込んできた。席はずいぶん離れてたはずだが、わざわざこっちまで来たのか。


リクはガンを飛ばすドモンに対して、挑むようににらみ返した。相手は5年ほど社歴が上だが、こいつに限ってはそんなことを気にするつもりはない。


「言われなくても、もう出て行きますよ」


「ったく。年下の新卒に無理やり絡もうとか、考えんじゃねえからな?」


ドモンは女性の肩に手をのせ、反対にリクの肩を強く押して引き離した。


「いや、んなこと考えてないですよ。ってかドモンさんこそ、彼女に当ててる手、めちゃくちゃ嫌がってますよ。それ、セクハラですからね?」


セクハラ、だけをあえて強く協調して言ってやった。まだ上司のカヤマが残っているから効果はてきめんなのが顔を見てわかる。


「なっ、まだ何も言われてないだろうが!」


ドモンは彼女に乗せていた手をさっと背中に隠す。明らかに後ろめたい気持ちがあった証拠だ。


「当ててる自覚はあったんですね。で、年下の新卒に、何でしたっけ?」


みるみる顔が引きつる。女性は何も言えずにただうつむいている。


「…てめぇ、今年もエリア移動は無いと思えよ」


リクに聞こえるか聞こえないかぎりぎりの小声で言うと、ドモンはその場を引き下がった。


「ご自由に。望むところです」


そう言うと、女性に軽くお礼を言って、急いでバーへ向かった。

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