2話テロリスト(2)
飛び上がったところで、後ろから呼びかける声が聞こえた。
「おはよう、新車は快適そうだねー!」
振り返ると、2人乗りのコンパクトな車がリクの少し上空で止まっていた。
声の主はカイトだった。ともに高校を卒業し、彼が警察に勤めて3年。幼い中性的な顔立ちに似合わないゴツ目の制服姿もようやく見慣れてきた。車から顔を覗かせるカイトの肩には、いつも通り濃紺の生地に黒で縁取られた星形、この国の紋章が入っている。
「完璧だよー!今度乗ってみるー?」
「ありがとう!でも乗りこなせるかなぁ。早そうだよね、僕はあんまり自信ないんだよなぁ」
カイトとは、一人暮らしをしてからというもの、家が近いこともあってよくこうして雑談しながら通勤することが多かった。
5年前の事件以来、学生時代の記憶は辛い事が多い。
しかし、カイトとソラだけはリクを信じてくれていて、今でも付き合い方は変わらなかった。何年たっても顔を突き合わせて話す内容は大して変わらない。
ここ最近はカイトが夫婦喧嘩を止めたとか、酔っ払い同士のいざこざをおさめたなど仕事を中心としたたわいもないものだ。
「最近この近くの地区でも、テロ事件が起きるようになったよね。少し前まで高級住宅中心だったのにさぁ。もし何かあったら教えてね」
カイトは別れ際にそんな言葉を残していった。
◇◇◇
12時。マグ・バンク社員食堂。
「リク、お前なら絶対否定すると思うんだけどさ。一応聞いておくぞ。過去の売上の報告、ごまかしたり…してないか?」
ヨウタから唐突にそんなことを言われた。
出社してすぐ、メールに返事をした後≪飯でも食べて話そう≫と連絡が来た。今日はタイミングよく午前中に資料作成予定だったのですぐに了承した。
10階にある社員食堂で合流、空いているテーブルへ座ってようやく食べ始めた矢先のことだ。
「なんだよ急に」
突然のことに、リクはむっとした。
ヨウタは会社の同期で、会社でもいろいろと目立っているリクを受け入れてくれる大切な友達だ。まじめな性格だが、くだけた部分もあって、誰とでも打ち解ける明るさがある。
「だ、だよなあ」
ヨウタはホッとしたような、それでも心残りがあるような雰囲気だった。
「わかってるならわざわざ聞くなっての。なにがあったんだ?」
リクはふてくされたように、熱々のスープを胃に流し込む。
舌が火傷したが、恥ずかしいのでしかめっ面で我慢した。
「しょうがねえだろ、一応聞いただけだって。ってか、そのすぐキレる癖、直しとけよ。まーた先輩に怒られるぞ」
ヨウタはタブレットを取り出しながら、軽く操作してリクに見せるようにテーブルに置く。
「たまたま過去の資料を調べててみつけたんだよ、これ」
表示されていたのは、自分の売り上げ報告のまとめ資料であった。
「おいおい、俺の売上げ見たのかよ。悲しくなるからやめてくれって…」
自分の売上げのまとめなんてものは、正直一秒たりとも見たくない。好成績を収めるソラならまだしも、さびれたエリアを渡されているリクには恥ずかしさしかない。
ただ、確かにヨウタの言う通り見覚えがない会社の名前を見かけた。
ただ、2年も前のデータだ。そもそも思い違いかもしれない。リクは、どうだったかなと、あいまいに返答した。
「たまたま過去の資料漁ってたらさ、編集された跡があって。誰がどうやったとか、具体的なことは専門じゃないからわからないけど。たまたま過去に見た数字を覚えててさ、ちゃんと調べないと正確なことは言えないけど、これってヤバいやつかな?」
ヨウタが声を潜めて周囲を気にするように言った。
でもな、とリクも併せて小声になる。
売上を修正する理由があるとしたら、それは何らかの不正に使われたとしか思えないからだ。
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