2話テロリスト

深夜1時。 クレジ銀行アイ地区西支店。


銀行の周辺は需要に従って必然的に商業施設が中心となり多くの建物がある。その分住宅地とは距離があり、深夜になれば水滴の音すら響くほどの静寂が辺りを包む。


しかしその静けさを破ったのは、この時間に営業しているはずの無い銀行であった。


寒空の中、爆発音が空を裂いた。


銀行の壁が星と同じくらい細かな破片となって宙を舞う。それらは冬に吹く冷たい北風によって流されていった。


銀行の外に控えていた男たちが、ぞろぞろと列をなし銀行内に侵入する。


彼等は、目的である金庫へと一直線に向かていた。その足音に合わせるBGMかのように、侵入者を知らせる警報が銀行内に鳴り響く。


一方で、侵入者とは反対の通路にある警備室からは金庫に繋がる廊下には4名の警備隊が向かっていた。


そのうちの1人であるダイトは、3センチほどの長さに切り揃えられた銀髪をなびかせ、抑えきれない笑みを浮かべている。


彼は思っていた、馬鹿な強盗もいたもんだ、と。こちらは最新鋭の魔道具で装備を固めている。


しかも2人は元貴族の住宅警備で雇われていた凄腕の魔法使いだ。5分もすれば警察もここへやってくる。


つまりは、逃げられるわけがない。


警備隊は金庫室の前まで来ると突入前の準備を行った。


5分後。


警察がそこに到着したとき、その場には横たわる4人の警備隊が残されていた。全員が意識を失い、3人が手足の骨を折られて意識不明。


3人は間違いなく重体であり、すぐさま病院へと搬送されていった。


残されたダイトは、警察の事情聴取とマスコミのインタビューを受けた。


そして、彼は武勇伝かのように一連の出来事を語った。


それはまさに一瞬の出来事だった。


突入直後、警備隊長が魔道具から強力な電撃を放ち、それに合わせるよう3人は拘束用の魔道具を投げ入れた。


後は魔法で侵入者の動きを止めてしまうだけ、簡単なものだと誰もが思った。


その直後、強力な風と爆発により、4人は紙くずのように吹き飛ばされ殆どが意識を失った。


ダイトが覚えているのはほんの僅かな事だけだった。


「ベンケイ」という言葉と、長身・黒髪の大男が笑っている悪魔のような顔。


ベンケイは、テロリスト『エイチ』の首謀者として多くの魔法使いを不安に陥れることとなった。


◇◇◇


7時40分。リクは慌ててベットから跳ね起きると、ニュースをつけて着替え始めた。


ここ最近は日課のコーヒーもなかなか飲む暇がない。魔石を右手につけると、目の前がぼうっと薄く光った。


同時に、光る手紙がふわりと目の前にやってきて浮かんでいた。この手紙はメールと呼ばれている。


魔法使いのメッセージのやりとりに使われるものだ。


リクが手紙に触れると、手紙は勝手に開いて中の文字を浮かび上がらせる。


そこには

≪ちょっと昼に相談したいことがある≫

と書かれていた。


メールの送り主は同期で会社の経理部にいるカミシロ・ヨウタからのものだった。


リクは障害のせいで返事を送る事ができない。おかげでこう言った返信は会社へ行って魔道具で連絡を取らねばならない。


こういう細かなことで障害を身に感じると、全く面倒な事だといつも自虐気味になる。


テレビからは、今朝もテロリスト『エイチ』についての情報が伝えられていた。今度は貴族の地区に近い、アイ地区の銀行が襲われたらしい。


エイチとは、最近になって急激に活動が陰になっているテロ組織だ。人間の差別や不満を世間に知らしめるという名目で、魔法使いの施設をたびたび襲っているのが報道されている。


ニュースでは、ベンケイという人物について取り上げられていた。長身で黒髪は長く後ろに撫でつけられている大柄の男。


各地でテロを起こしているにもかかわらず、情報がそれだけしかないらしい。


名前すら今まで分からなかったのだから、それでも前進と言えるのか。


エイチの犯行は大体が富裕層や『貴族落ち』と呼ばれる貴族地区から下ってきた者が被害の中心となっている。


ニホンは、貴族たちしか入ることも住むこともできないエイ地区からディーの地区と、それをぐるりと取り囲む土地を区分けされたイー地区からエルの地区に分けられている。


貴族たちのいる地区とそのほかの地区とには境目を守るために巨壁が囲っている。


基本的に貴族たちがこちらへ来る時以外は、こちらから貴族街への通行はできない。貴族たちとはまさに住む世界が違うというわけだ。


自分には縁遠い話だな、と寝ぼけた頭で考えていた。暗いニュースが終わると、画面はパッと明るい話題へ切り替わる。


新しいアイドルグループが空を飛びながらのライプパフォーマンス!

最新鋭の遊園地は湖の水を丸ごと使ったアトラクションが魅力!など、画面に映るのはたわいもない話だった。


家のドアを開けると、バイクがリクの目の前に飛んできてぴったりと停止する。黒と赤にカラーリングされ、各パーツの留め具部分である金属が輝く。


その美しい姿にため息が出た。


誘惑に耐え切れずに、ついに最新型に買い替えてしまった。目を瞑ればコイツの紹介文が一言一句が思い出せる。


何しろコイツは遠隔でも操作ができ、指示すればある程度の自動操縦ができる。速度も今までよりかなり早い。


これはマグ・バンクでもかなりの売れ行きが期待できる商品だ。リクは法人担当で販売するのは高級なバイクではなく営業用のショボいものなのだが、頭には全商品の紹介や特徴が入っている。


意気揚々とまたがると、風がバイクの周辺に集まり始め、一気にリクを30メートルほど上空に持ち上げた。


バイクには、会社のシンボルにもなっている白樺の美しい木のエンブレムがついており、各パーツも無駄のないシャープなものになっている。


魔道具の基本的な仕組み、それは魔法を物体に定着させ一定の動作をを行うように細かくプログラムさせるというもの。


事前に設定されているので魔法のようにどう動かすかを考えたりする必要がなく、使うのにも持ち主がマナを消費するだけでよい。


その結果精神的負担が少なく、格段に楽に使えるというわけだ。


逆を言えば、マナを操作できない人間でも魔石を近づけるだけで起動することができる。


ただ、遠隔での操作や複雑なものなどは使用できないし、そもそも魔道具を買えるような人間はほとんどいないという点からも、人間が魔道具を使うのことは殆どない。

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