1話マホウツカイノクニ(6)

カスミの顔に手を当てる。微かに風が指の腹を撫でるのを感じた。まだ息はある。思わず安堵の息を漏らした。カスミを連れてビルを出ようとしたその時、魔石が輝きを失った。マナが抜けきり身体が魔法による操作の力を失ったことを感じる。それはつまり、ビルの支えを失ったことを意味する。


ああ、神様。嘘だろ。

リクは咄嗟に、瓦礫からカスミを守るように覆いかぶさった。


一瞬の間をおいて、リクはうっすら目を開ける。


あれ、まだ生きてるぞ…。


見ると、天井は落下せずに宙に浮いている。そして、何故かリクの身体がうっすらと青白く光っていた。その光は周囲を照らす炎の光に負けていない。テレビのウィンドウと同じような、魔法特有の光。


「これは一体…?」


右手の魔石を確認すると、間違いなく残高がなくなっていた。しかし、間違いなくこの場にはマナがあり魔法が使える実感があった。


「おい…お前も、ぶっ殺してやる」


意識を失っていたのか、廊下にいた男がゆっくりと起き上がった。頭からは血を流し、全身擦り傷まみれで、目は血走っている。


不思議と、今なら直接魔法が使える、そんな気がした。一言、吐き捨てるように呟いた。


「失せろ」


言葉に魔法が宿っているかのようだった。一瞬で男の身体は、ビルの外壁を突き破る。隣のビルの外壁にバウンドし、そのまま落下していく。男の体はゴミ捨て場へと着地した。リクはその様子を見ることもなく、カスミを抱えてビルを飛び出していった。


支えを失った天井が落下し、煙をそこら中にまき散らしながらビルは弱弱しく倒壊していった。


リクが地面に着地すると、体の光が消えて魔法も使えなくなっていた。カスミが目を覚まし、まもなくして消防隊が到着した。


ビルの反対側では吹き飛ばされた男が発見され、病院へと運ばれていくのが見えた。


「無事だったんだな…」


路上に力なく横たわっていたガンが、リクの方を見て言った。シワの寄ったその顔は、安心しているようだ。


「ああ。ガンさん、この子に気付いていたんだな」リクは足にしがみついているカスミの頭に手を当てた。


リクの言葉に、ガンは濁すように口を開く。


「わしが見かけたのは、2日前の夜だ。家のもんを漁るでもなく、寝とった。金目のモンも無いし、あんな子供なら、一晩くらいは泊めてやるかと思ってな…」


それが気付けば丸2日。どうせ面倒見るなら風呂にでも入れてやればいいものを、まるで捨て猫を拾った子供のようだ。リクはカスミの背中をそっと押してやった。カスミはガンの目の前に来ると、3日前のテロのことや今までの事を止めどなく話すと、最後に頭を下げて謝った。


ガンはそれをじっと聞いていて、聞き終えるとゆっくり腰を持ち上げた。リクが傍に駆け寄ってそれを支える。するとガンはそっと耳打ちした。


「…で、リクよ、この子はどうする気だ」リクはガンと顔を見合わせる。


「…どうするって、どうしよう」


独り身で奴隷でもないはずのカスミがこの家に居たとなると、警察でもこの子をどのように扱うかわからない。ソラの言葉を思い出した。


友人のカイトは、学生時代リクを信じてくれた友達の一人で警察官だ。彼に頼むのがせいぜいというところだが。


「…この店は、もう50年近くやってきた。ちょうど、改装して新しくするのも悪くないと思ってたんだ。これから、人手がいるんだがな…」


ガンが、ポツリと声を漏らした。


◇◇◇


≪続いてのニュースです。2日前に発生したビル倒壊事件について、犯人とみられる男が意識を取り戻し、すべての罪を自供したとのことでー≫


朝、リクはニュースを見ながら朝の支度をしていた。それまでのようにコーヒーを飲む時間は取れず、ニュースを見ながらワイシャツに着替え、ガンとカスミについて思い出していた。


ガンはカスミを奴隷として登録し、新たに店を始めるようだ。奴隷という形は魔法使いと人間が共に暮らす上で、最も無難な選択だ。


この国で魔法の使えない人間たちは、常に差別と冷遇を受け続けている。魔法によって発展し、美しく高度な技術を持つこの国が持つもう一つの姿は、ひどくゆがんでいていびつな作りをしている。


仕事へ向かうために家を出る。すると、いつか見た猫が道路で呑気に寝転んでいた。リクと視線が合うと、猫はさっとどこかへ消えていった。お前が住みたいなら、居ればいいさ。でも、気を付けろよ。


そんなことを思いながら、リクは少し表情を和らげ会社へと向かった。


◇◇◇


この国『ニホン』は、誰がそう呼び始めたのかきっかけはわからないが、人間への差別や魔法使いの傲慢、あらゆる皮肉を込めこう呼ばれている。


ここは魔法使いにとっての楽園。魔法使いの国マホウツカイノクニとー

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