1話マホウツカイノクニ(5)

瓦礫に近づくと、隙間がある事に気づいた。希望を込めて近づいてみる。棚があった事で生まれたわずかな空間に、カスミがいるのが見えた。瓦礫で塞がっていて出られないようだ。


「カスミ!無事か?今出してやるからな」


急いで手前の瓦礫をどかすと、かろうじてカスミが通れるくらいの隙間ができた。

しかし、1番大きな瓦礫をどかさなければリクでは引き出せない。


瓦礫を魔法で持ち上げた瞬間、ビル全体がきしみ始めた。残っていた天井にヒビが入る。間一髪のところで、魔法を中断し、ビルを支えることに切り替える。支えるのと同時に瓦礫の撤去は無理だった。しかしカスミ自身が手を伸ばせば引きずり出してやれるはずだ。


そう伝えようとした時、隙間の奥からゴトンと鈍い音が響く。隙間を覗くと、カスミがその場に倒れて動かなくなっていた。煙を吸い過ぎたのか、低酸素の為か。いくら呼んでも意識は戻らない。


引きずり出そうと手を伸ばしたが、ぎりぎりで手が届かなかった。リクは、必死な思いでカスミを起こそうと、ありったけの声で叫んだ。


炎と爆発で、ビルはもう倒壊寸前だ。この建物は今やリクが最後の支えとなっているといってもいい。せめて炎を止めたいが、男との戦いで余計に燃え広がったためにビルの上下に炎は広がり、その勢いは止めることは難しかった。リクの力ではビルを支えるだけで精一杯だ。とはいってもあれだけの煙と爆発があったのだ、必ず消防隊がここにやって来るはずという希望はある。


しかし、右手に目をやると、マナの残量とビルを支える消費量から支えられる時間は持って2分程度。周囲の熱と疲労で、全身汗でぐっしょりとしていた。泥だらけのスーツに、あちこち擦り傷と焦げ跡が残る。


改めて感じていた。魔法は万能ではない。使うエネルギーが大きければ大きい程マナも消費するし、集中力や体力も消耗する。そして、マナが尽きれば逃げる手段を失う。


それでも、リクは必死に建物を支え続けていた。気が緩めば、崩れてしまうだろう。


カスミに届かない声で、リクは呟いた。目に涙が込み上げる。


「ごめん。俺嘘ついたんだ。警察に行っても…お前は助けてもらえない。それなのに、お前…」


リクが気絶した時、起こしてくれたヘルプの声。なぜ声がしたのか、わかっていた。魔道具は、人間でも使うことができる。しかし人間は、魔法使いと違いマナは操れない。代わりに魔石を魔道具に当てる必要がある。


カスミは、リクを助けるため、必死でかき集めていた自分の魔石を使ったのだ。


「必死で集めた、全財産だろ…」


◇◇◇


5年前ー


大学に入学してすぐ。魔法競技という、魔法による格闘技を始めた。負けず嫌いなリクは、すぐにのめりこんでいく。事故が起きたのは、その試合中だった。


その競技は『フラッグ』と呼ばれ、お互いの陣にある棒を、先に倒した方が勝つ。一対一で行われるその戦いは、突然起きた魔法の暴発によって中断されることとなった。結果、爆発によって対戦相手は足を失い、メディアにも取り上げられる大きな事件となった。


当初、暴発は自分のものではないと主張した。しかし、結果としてリクの魔法暴発事故として処理された。対戦相手は大企業のエリート社員の息子で、足を失ったことで周囲の同情も買っていた。残されたのは多額の慰謝料と治療費。周囲の友達はリクを犯罪者のように扱い、遠ざけるようになった。


その後、出費を抑える必要もあったのでしばらく魔法を使えない生活が続く。すべてを返し終えて、気づけば、他人に魔法が使えない身体になっていた。そんな自分に嫌気がさして、しばらくは何も手につかない時間が流れた。


しかし、事故の半年後に魔道具による義足の発明が発表された。その使用者第一号は、事故の相手だった。画面越しの彼は、他の人と変わりなく立ちあがり、その様子にリクは救われた気がした。

自分でも誰かを助けたい。その一心で、その義足を作った会社で働くことを目指した。


◇◇◇


今の自分は、どうだろうか。目の前の女の子1人救えないじゃないか。しかも、実のところは今すぐに逃げたいくらいだ。リクは燃えるビル内でカスミのことを見ながら考えていた。


昼間見たカスミの顔が、そして今も手に持っている人形が「助けて」そう伝えているようで、今のリクをここに縛り付けて離さないのだ。


マナの残量はもってあと1分。届かないとはわかっていても、あきらめきれずにカスミに向かって手を伸ばす。


床に顔を擦り付け、隙間からカスミの手を見る。握られたヘルプが目に入った。その時、リクは魔道具であるヘルプの性能について改めて思い出した。思わず声が出る。


自分の愚かさを悔やんだ。何でもっと早く思い出さなかった!


リクは最後の力を振り絞ると、右手の魔石が一層強く輝きだす。『ヘルプ』の作業再設定だ。貰って以来ただの目覚まし時計にしか使ってなかったからすっかり忘れていた。こいつのセールスポイント、設定さえすればなんでもしてくれるだからこいつはヘルプなんて名前だったんじゃないか。


こんな大事なことを忘れるなんて、営業失格だな。苦笑しながら、リクは指示を受けた人形がカスミの指を持ち上げるのを見守った。人形はカスミの小枝のような指をつまむとずるずると引きずり始めた。


弱い力で少しずつ、リクの元へと近づいていく。

一歩。また一歩。


「よし、捕まえた」


リクはカスミの手を握り、隙間から一気に引き寄せ抱き上げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る