1話マホウツカイノクニ(2)
◇◇◇
「また是非、よろしくお願いいたします」
午前中の外回りで、最後の営業先を出るとリクは胸をなでおろした。やっと契約が取れた。今日はちゃんと売上報告ができそうだ。
担当しているこのエリアは、お世辞にも栄えているとはいえない。入社当初に短気な性格が災いして、研修を担当した先輩との間にひと悶着起こしてしまった。元々前評判が良くなかったことも併せて最悪の印象はぬぐえず、その結果半ば嫌がらせにこのエリアを任されている。
売上はいつも鳴かず飛ばずだったが、入社当初よりは大分成長した方だ。契約が思ったよりスムーズに取れたことで、少し早めに昼食を取る時間ができた。バイクを走らせいつものカフェへ向かうことにした。
営業エリアは広くないが、数十年前に店をたたんだようなしみったれた路地裏がいくつもあった。迷路のような路地を右に左にと進んでいった先にその店はある。具沢山の炒め物が絶品で、御年70歳以上になる店主のガンが、火を魔法で操り炒めてくれるのだ。
味は間違いないのだが、店の立地のせいかいつもお客はまばらである。付近は激安かバカ盛りのとりあえずこれでも食べとけといったタイプの店が多い中、味にこだわっているその店は貴重だった。
リクが店の前まで来くると、妙なものを目撃して空中でブレーキに手を掛けた。カフェのあるビルの2階に人影のようなものが見えたのだ。
何故それが妙なものだというのかというと、店の2階以上は店主のガンの家となっていて、彼は10年以上前に奥さんを亡くしており子供もおらず独り身だったからだ。
店は日中から夜まで営業していて、今は最も人の来る昼時。入口のドアには使い古されたプレートがぶら下げられ、木の板に濃い緑色で『オープン』と書かれている。
バイクをビルの屋上に停めると、音を立てないよう魔法で飛び上がりながら2階の窓にゆっくりと近づいた。窓にそっと手をかけると、室内からは小さな物音がした。
警戒を強めて窓横の外壁に身を張り付ける。見間違いではかった、泥棒か何かだろうか。
もし仮に泥棒だったとして、そこからどうしたらいいだろうかとリクは悩んでいた。
たとえ泥棒が居たとして、障害を持つリクではどうすることもできないからだ。
5年前のある事故以来、自分以外の生き物に対して魔法をうまく使うことができない。外傷は頭を強く打った程度だったのだが、根本的な原因はわからず精神的なものだとして処理されている。
何かあれば、すぐにバイクへ戻って警察を呼ぼう。
そう考えながら室内へと踏み込む。薄暗い部屋には埃がちらちらと待っているのが目についた。窓から真昼の強い日光が差し込んでフローリングを照らす。しばらく使われていないベッドが一つと本棚、タンスが一つの小さな部屋だった。室内の様子から使われていない寝室のようだと分かる。恐らくはガンの亡くなった奥さんの部屋だろう。
物音は手前から聞こえたはずだ、ベッドと窓の間のスペースを覗く。すると、そこには10歳くらいの少女が縮こまって震えていた。よく見ればあちこち埃や泥にまみれ、ボロボロの服はまるで捨て猫のようだ。
「君は…」
「あ、あの。ごめんなさい。すぐに、出ます…」
リクの言葉を遮って少女は言った。髪の色を見てリクははっとした。影よりも濃い色の黒髪。黒髪というのは、人間の証拠だった。この世界には、魔法使いと人間、二種類の種族がいる。
黒髪の人間に対し、魔法使いはみな銀髪で、魔法も人間は使うことができない。彼女のボロボロな姿も、人間なら違和感はなかった。
この国で、人間は差別の対象となっているからだ。魔法で発展した国がゆえに、職業のほとんどは魔法が使えることが前提となっている。人間の仕事はといえば、魔法使いでもやりたがらない汚い仕事や細かい仕事。そしてそれらは魔法使いに比べてはるかに低賃金でほとんどが奴隷か低所得者となっている。街に一人で座っている人間を見かければ、それは浮浪者かあるいは犯罪者だろうというのがこの国の常識だ。
今朝のニュースで見たテロ行為も、そんな人間達が不平不満を訴えるに行われたヘイトスピーチの一つだ。ストライキやデモ行進など、様々な活動が各地で行われている。
少女をよく観察すると、手に石を持っていた。大事そうに握るその石はわずかに光っている。
「もしかして、それは空石か?」
少女は黙っていた。何も語らないのは肯定ととらえるべきだろうかと思う。空石とはマナが0の魔石のことで、つまりはただの石である。
空石や魔石はマナを貯めることができ魔法で加工ができない唯一の鉱物とされている。リク達魔法使いは魔石の中のマナをエネルギーとして魔法を使う。その石はこの国特有の資源だが、空石には特に付加価値が付くわけでもなく採掘場へ行けばどこにでも転がっている。
この国では紙幣や硬貨は一時期偽造も多く出回っていたためほとんど使われなくなった。その代わりに、魔石とマナによる決済が中心となって今はそれ以外対応していない店ばかりだ。
リクは、少女の目的に合点がいって、ふっと力を抜いた。
「ここは、店主のおっさんが魔法を豪快に使うからなぁ。料理に使う時の溢れたマナを、回収してたってことか」
少女は、小さくうなずいた。
「ご、ごめんなさい。出てくから、許してください。あ、あの警察には…言わないで」少女の声は弱弱しく今にも泣きそうだ。
リクはゆっくりとしゃがみ込んで少女に顔を近づけた。
「親は、いないのか?」
「…3日くらい前に、爆発があって…。それで、行くとこ…なくて。ダメだけど、これしか、教えてもらってないから…」
少女は話しながら、瞳に涙を浮かべていた。このあたりで爆発と言えば、ニュースでやっていたG地区のことだろうかと思い出す。
もう3日も経つが、人間の死者がいたなんて話はニュースでは出ていなかったはずだ。それも人間だから、と言われれば納得してしまう。
この子を助ける人がいなかったのも、それと同じこと。同情はするけれども、このご時世じゃ仕方がないといえてしまう。抗議活動やテロ活動の活発化で人間と魔法使いの軋轢は大きくなるばかりだ。
「でも、よくここまで登ってこれたな。ガンさんも、気づけっての」
少女は、ゆっくりと涙をぬぐった。
「申し訳ないけど、ここにおいてはおけないから、警察を呼ぶよ」
「そんな…」
「大丈夫、保護してくれって頼むよ。一緒に行こう、警察には知り合いもいるんだ」
少女は、警察という言葉におびえている様子だったが、この国にも人間の保護制度があることや、友人のやさしさについて説明してやると、最後には小さくうなずいた。
「名前は?」
「…カスミ」
「カスミ、仕事が終わるまで、もう少し待っていられるか?夜には戻ってくる」
不安そうに見つめるカスミの顔を見て、何かないかとカバンを探った。すると、今朝戻したはずのヘルプがまたしても鞄から現れた。
「だから、なんでここにいるんだよ…。まぁいいや、これ、貸してやる。これがあると、爆睡してても絶対起こしてくれる優れモノなんだ」
不思議そうに人形を握っているカスミを見て、リクは考えていた。ガンさんには、内緒にしておこうか。どうせ店は夜までずっと営業しているだろうし、こっそり警察に届けて、それで終わりだ。
リクはバイクに戻り、下へ向かった。
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