その249 黒き最速
頭にターバンを巻いた熊ことクマインドを思い浮かべる私だけれど、そんなアホな想像とは無関係に作戦はまだ続いている。
そう、シャンデリアを落とすまでが作戦なのだ。
今はまだその前段階の隙を作ったに過ぎない。
アホな私と違いグレンの動きは迅速だった。
即座にシャンデリアを落とすべくグレンは風の刃を天井へと放つと、シャンデリアを繋いでいた鎖に見事に命中。鎖は断たれ、シャンデリアは耳障りな金属音をたてながら落下し始めた。
またイブンも少しでもドラゴンの動きを止めるべく、土魔法で壁を作り足止めに努めている。
その結果、完全に虚を突かれたドラゴン……トラコさんは回避行動も出来ずに落ちてくるシャンデリアを眺め続け、そのままシャンデリアに豪快に押しつぶされた。
周囲に破片が散らばり、破壊の象徴である轟音が響く。
あまりの衝撃映像に度肝を抜かれ、目を丸くしたまま固まってしまったが、しかしそこからも二人は手を緩めることはなく、更にトラコさんを拘束するべく壁からは鎖が生えその四肢を縛り付け、風は押しつぶすように吹き荒れシャンデリアに更なる重量を与えていた。
こうしてようやくトラコさんの動きが完全に停止したが……竜の鱗がそこまでしてもなお無傷な姿を見せている。
か、硬い! いやでも大怪我しなくて良かった……!
さて、大仕事が一つ終わって、思わずほっと一息つきたくなるところなのだけど、そんな暇はない。
そう、私の役目は本来ここからが本番。竜の背に乗ってエクシュを手にしないといけないのだ。
「お姉さん、階段作って置いたから」
「匠の粋なはからいが!」
ちゃんと巨体に登る手間がかからないように、囲んだ壁に綺麗な階段が設置されていた。
気遣いが行き過ぎてもはや危機感がない!
ありがたいけどね!?
「シャンデリアに合わせて俺とイブンの魔法で押さえつけているが、それなりに暴れているから気を付けろよ」
「わ、分かった。大き目の公園にあるめっちゃ跳ねる遊具みたいな感じだね?」
「その例えは謎すぎるが、遊具ではないからな」
むしろ勇気を試す勇具と言ったところだろうか。
私はおずおずと柱の影から出ていくと、階段に足をかける。
グレンとイブンは魔法に集中しているのか一歩も動くことはなかったけれど、しかし見守ってくれている視線は背中に感じていて、それが私の恐怖と不安を軽減させた。
私は緊張を押し殺しながら、竜の背に一歩足を乗せる。
気分は月面に足を踏み入れたニール・アームストロングだ。
いや、一回落ちてきた時に乗っているから、別に人類初でも未体験でもないんだけどね。
しかし踏みしめた瞬間、拘束から逃れようとする揺れの凄まじさにビビって、私は立っていられずすぐさま這いつくばって移動する方向に切り替えた。
恐らく絵面としては竜にまとわりつく虫みたいになっていることだろう。
或いクジラに張り付くコバンザメ。
このまま移動を開始したらゴキちゃんみたいにならないか心配だ。
なにせ私、黒いからね。
触覚も髪の跳ね具合で見えなくはないし……。
……けれど今更見た目を気にする私ではない!
見せてやる! 乙女の最速の移動方法をな!
私は竜の背を這いつくばりながら、全力でカサカサと動き始める。
うおー今行くよ! エクシュ! ……果たしてこんな主を受け入れてくれるかは謎だけども!
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