その146 一度は呼ばれてみたいもの

「えー!? じゃあ、ど、どういう状況なんですか今は!?」


 驚くことにこの結界内への私の誤侵入はクロウムさん主導の物ではないらしい。

 えっ、じゃあ純粋なる事故!?

 このタイミングで!?


「ふむ、しかし未知の出来事が起きたのならそれは喜ぶべきだぞ。何故なら、新たな発見を得られるからだ。そして人生とは新たな発見を得るために存在していると言っても過言ではない。違うか? 要するに分からないことは本来喜ぶべきことなのだが、世の連中ときたらこねくり回して何とか適当な理由を付けようとするであろう? 吾輩はあれが嫌いでな。良いか、分からないことにはきちんと分からないと言うのが正しい研究者の姿だ。分からないことに神の奇跡だ等と碌な精査もなしに言うのは愚昧で暗愚で凡愚にもふぉどが──」

「噛みました?」

「噛んでおらんと言っているであろう! もし噛んでいたとしても、それは長年人と話してこなかったことによる弊害であり、吾輩に責任はない!」


 長台詞が大好きなクロウムさんだが、なるほど、封印期間が長すぎて人と話す機会が少なく、舌の回りが衰えているらしい。

 私も『真実の魔法』をかけられた当初は喋りの加減が分からなさ過ぎて派手に息切れを起こしていたほどなので、そういう点はなるほどみんなの言う通り少し似ているのかもしれない。


 ……いや、そうじゃなくて現状は大ピンチなんだよ!? 敵と一対一なんだからほっこりしていられない!

 くっ、イケメンに噛まれるとついつい癒されてしまう自分が……!


「というか、ちょっと待て。ラウラ、少し顔をこちらに向けろ」

「えっ、嫌です! クロウムさんの顔が良すぎるので目が合うと私の顔が溶けます!」

「人の顔はそう易々と融解しない」

「私のはするんです! 顔面炉心融解ウーマンなんです!」


 この危機的状況にビビっていると、クロウムさんが急に私の顔面に興味を持ち始めた。

 いやいや、そんな大した代物ではないのですが……勿論、作りそのものはお兄様の妹なのでそれなりのものではあるのですが、なにせそれに伴う中身がですね。


 なんてことを言いつつ、結局は顔の良い人の命令には逆らえない私なので、ゆっくりとクロウムさんの方へ面を上げる。

 ……なんだか超偉い人に謁見しているみたいだ。


「おおっ……やはり、似ている」


 クロウムさんはその日本刀のように鋭い目つきでジロジロと私の顔を眺めるが、私はもう視線を全力であらぬ方向へ動かし、その視線を避け続ける。

 まあ、目が合わなくても見られているという状況だけで顔面の血管が大活発してしまうのですが。

 そのまま血管が塞がり大爆発にならないことを願う他ない……!


 というか、に、似ているとは?

 お犬様などには多少似ていると思いますが……。

 

「飼っていたペット様などに似ているでしょうか……?」

「いや、世界一可愛い吾輩の妹に似ている」

「妹!?」


 クロウムさんって妹がいるの!?

 しかもそれが私そっくり!

 いや、そもそも……お兄様とそっくりな容姿でその上妹は私にそっくりなんて、そんなことある!?

 け、血縁を考えればそれも自然なことなのかなぁ……遺伝ってそういうものだっけ?


「血とは不思議なものであるな。どれ、戯れに一つお兄様と……」

「あっ、申し訳ありませんが、私のお兄様は一人だけなのです!」


 クロウムさんとしては言葉通り戯れとして言ったのだろうが、しかし、いかに優柔不断で曖昧模糊な私と言えど譲れない確固たる思いもある。

 その一つが兄に関することだった。

 私は私の兄がジョセフ・メーリアンであることを誇りに思っているのだ。

 よって、お兄様のことを裏切るような真似は絶対に出来ない。


「ふっ、そういうとこも妹に似ている。お前の兄は幸せだな」


 少し柔らかな笑顔と共に私を見つめるクロウムさん。

 急に柔和な感じになってきたせいで、なんだか緊張感が完全に抜けてしまった。

 こうなってくると、即断でお兄様呼びを断ったことにもいくらかの罪悪感が……。


「ええっと、では、お、おじ様でどうでしょう」

「おじ様だと!?」

「ひ、ひええええ!? 不愉快でしたでしょうか!?」


 一応は私的に萌える言葉を用いたつもりなのだが、クロウムさんはおじ様と聞くなり椅子から立ち上がる虚空を睨む。

 うっ、年寄扱いは嫌な人なのかな。


「いいではないか」

「えぇ……」

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