その145 なんだこれ

「あっ~とせめて言ってくださいよ! 語尾を伸ばしてください! あっだとマジっぽいです!」

「だ、大丈夫よ~……ちょっと失敗したけれど~、そもそも封印がこの程度のミスで壊れていたら信用ならないじゃない~?」

「それは確かに」


 外部からの多少の刺激で破損していたら封印としてガバすぎるもんね。

 ただ、ニムエさんはちょっと普通じゃないので多少じゃない刺激の可能性が……。


「金庫と同じでそう易々とは壊れないのよ~」

「あの、では今の失敗はいったい」

「金庫で言うとちょっと穴が開いた感じよ~」

「大事故じゃないですか!」

「それはもう金庫としての機能を失っているだろ」


 思わずお兄様まで心配になるレベルのミスである。

 穴の開いた金庫はもう金庫じゃなくて貯金箱なんじゃないでしょうか!

 もしくは金庫じゃなく、ざっくざく穴から金がとれる金鉱みたいな……。


「大丈夫よ~! 爪の先ほどだから~」

「大丈夫ですか? アリ一匹から城が崩れるみたいな言葉も存在しますよ?」


 なにやら怪しいニムエさんの態度に心配を膨らませる私だが、背後からそっとジェーンが私に何やら呟いてくる。


「あの……ラウラ様、封印は一層ではなく非常に多重の層で構成されているので、小さな穴なら大丈夫だと思います」

「あっ、そうなんだ。ジェーン詳しいね」

「いえ、穴を開けたこともあるので……」

「そんなピアスみたいなノリで!?」


 どうやらこの場にいる人間の半分が封印に穴を開けたことがあるらしい。

 封印ってもしや弱いのでは?


「ふむ、確かに小さな穴程度なら自動修復により封印は維持されるはずであるから問題はあるまい」

「ほら~、敵もこう言っているわ~!」

「敵の言葉で喜ばないでください!」


 クロウムさんも思わずフォローしてしまうほどのドタバタぶりだった。

 ま、まあ、とりあえず穴は問題ないようだ。

 考えてみれば既にヒビが入っていて、それでも現状は大事には至っていないのだから、今更小さな穴が空いた程度は些細な話か。


 というか、穴はどこに空いているのだろう。

 改めて目を凝らしてみると……ヒビの周囲の空間を、ニムエさんがペタペタと触れていた範囲を眺めてみると、そこには確かに小さな小さな穴が見て取れる。

 穴の先には深淵が広がっており、闇があるのか無があるのかもよく分からない。

 ただ、じっと見ていると、何か引っ張られている感覚に襲われた。


 穴って見ていると謎の引力が発生するよね。高いところでも同じような気持ちになるけれど。

 ……いや、あれ? なんか本当に引っ張られているような。

 体が穴の方へ動いているような!

 私の足元後方に引かれている線は、ズズズッと前方へ移動していることの証左ではないだろうか!?


「あれっ、なんか動いてます私!?」

「え~!? なんで~!?」


 驚くニムエさんの声を最後に一瞬周囲が真っ白に染まり、そして気が付けば私は──真っ暗な闇の中にいた。

 いやいや、いやいやいやいやいやいやいや!

 状況から考えて、明らかに穴の中に入ってしまっている!

 ま、まさかクロウムさんが何かをしたのか!?


 警戒しつつ周囲を見渡すとクロウムさんらしき人はちゃんとそこにいて、私は少し安心してしまう。

 暗闇に一人って怖すぎるからね。


 何やら豪奢で柔らかそうな椅子に、その長い足を組み腰掛けている彼は、思わずため息を漏らしてしまいたくなるほどに美しく、そして……お兄様そっくりだった。

 鋭い目つき、少しもじゃっとした髪、そして高身長と整いすぎた容姿!

 一つ違う点があるとすれば、それは白と黒の入り混じった不思議な髪の色くらいだろう。


 ……いや、というか、そもそも、あの、若すぎませんかね!

 お兄様は多少老け顔ではありますが、高校生ですよ!?

 ナナっさんといい、大魔法使いはみんな若作りがすごすぎます!


「く、クロウムさん! 何をしたんですか!」


 黙って闇の中で倒れているのも怖いので、立ち上がり小動物が威嚇するように声を上げると……クロウムさんは手を顎にあて、少し考えるようなそぶりを見せつつ、こう言った。


「……………………いや、何が起きているのか吾輩にもさっぱり分からん。なんだこれ」

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