その132 炬燵で寝るのはやめよう

 果たしてヘンリーと私の間に何があったのだろうか……。

 私とヘンリーの間に起こりえることなんて、精々終生の奴隷契約を結ぶくらいじゃない?

 記憶喪失の私ならイケメンにひれ伏してそれくらい約束していてもおかしくないかも……記憶があっても約束しかねないんだけどね?

 

「まあ、色々混乱しているだろうか……もう朝が来てしまったようだ」

「ほ、本当だ! 空が白んでいる気がします! 地獄だから分かりにくいですが!」

「地獄にも朝は来るのねぇ~」


 お兄様に言われるまでまるで気付かなかったけれど、言われてみれば確かにくすんだ空を掻き分けるように、わずかな光が差し込んでいる気がする。

 地獄に太陽があるイメージは全くないが、世界が滅びようとも朝は来ると言うのはなかなか希望のある話かもしれない。

 そして、この世界に朝が来るとき、私たちは目を覚ます運命にあるのだ。


「ニムエさん、えっと、ヘルって本当に申し訳ありませんでした! きちんとしたお詫びはまた今度に!」

「あら~、こっちから伺うから大丈夫よ~」

「伺えるんですか!? というか、出られたんですか!?」


 湖の乙女というだけあって、てっきりここから離れられない存在だと思っていたけれど、そんな遊びに行くね♡くらいのノリで現実世界に来られるとは!

 

「それじゃあ~、またね~」


 ひらひらと手を振りながら、元気で明るいニムエさんのそんな声を最後に、私の意識は途絶え、現実へと帰っていく。

 本当にこの地獄が復興するのかという一抹の不安を抱きながら……。





 そんなこんなのなんやかんやで、目を覚ますと炬燵だった。

 思わず目を疑ったのだが、まごうことなき炬燵に足を突っ込んで、私はよだれを垂らして寝ていたのである。

 ………………いや、なんで!?


「えっ、炬燵で居眠りするなんて典型的な失敗をして夢の世界へ旅立ったんですか私は?」


 というか、地獄から炬燵ってギャップがありすぎて、混乱を隠せない!

 『地獄から炬燵』ってもうそういうことわざがありそうなレベルだもの!

 多分、似て非すぎるものみたいな意味だろうなぁ……どっちも温くはある! 同じところそれだけ!


「さっき説明しただろう。神殿にあった物で夢の世界へ旅立ったのだと」

「それ炬燵のことだったんですか!? どんな伏線回収ですか!」


 一緒に炬燵に入っていたお兄様が温い空間に見合わない冷静な説明をしてくれるが、まさかナナっさんの私物っぽい炬燵にそんな能力があったとは……。

 地味にお兄様と一緒に炬燵に入っていた事実にも動揺を隠せないのだけど、そこは兄妹なのでさすがに大きく戸惑ったりはしない。


 ただ、記憶がない私はきっとめちゃ興奮しただろうな。

 完全に兄弟だという認識になってしまった今の私にはその新鮮な反応は難しいから、ちょっとうらやましいかも。


「ラウラ、今日はとりあえず休んだ方がいい。朝から大変だったらしいからな」

「えっ、ですが寝たばかりですし、まだまだ元気……?」


 と、口で言ったすぐそばから、頭がぐらつき、視界は揺れ始める。

 あれれ、本当に体調不良かも……何処か寒気もするし、頭も痛い。

 もしや風邪では……? 炬燵で寝るからそういうことに!

 

「ふ、普通、睡眠時は体温を保つためにいっぱい汗をかくことはないのですが、炬燵に入ると否応なしに汗をかく為、同時に体温も奪われてしまうのです!」

「それは知らなかったが、恐らくラウラのそれは魔法の使いすぎじゃないか?」

「あー! そういうファンタジー系のやつでしたか! 生活の知恵なんて語ってすいません!」


 魔法なんて使えたことがないのでまるで思い当たらなかったが、まさかの自分が魔力切れなんて体験することになるとは。

 そうとも知らずファンタジー色ゼロなことを言いだして恥ずかしい!

 炬燵で風邪ひいたりしないんだよファンタジーは!


「これも私が魔法を使えた証拠だと思うと、嬉しいものがありますね……あっ、頭痛が!」

「嬉しがってないで早く寝てくれ」

「ですね!」


 実感のなかった魔法という概念が、体調不良という形で少し身近なものになった気がしてちょっと楽しくなってしまった。

 これでは風邪で学校がお休みになってはしゃぐ小学生だ! もっとちゃんとしないと!


「とりあえず、背に乗れ」

「ま、またですか!? あれは顔面が火を噴いてしまうのですが……」

「消火は得意な方だ」

「か、かっこいいー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る