その125 無茶しようそして苦茶しよう

「ありですかー!」


 叫んでもみても「りですかー!「ですかー!「すかー!「かー!「―!「!」と反響するばかりで、ニムエさんの声は返ってこない。

 ほ、本当に逃げた……!


「つまりラウラに恐れをなしたということだ」

「お兄様!? い、いつの間に」

「湖の乙女が逃げたことで霧が晴れたんだ」


 水間通路を通って、いつの間にか背後に現れたのはお兄様である。

 そして同時に白く満ち満ちていた霧もいつの間にか晴れており、視界良好でお兄様の素敵な尖り目が良く見える。

 にらまれてぇ……。


「じゃなくて! お兄様! 記憶を持ち逃げされました! メモリーの借りパクです!」


 メモリーカードの借りパクはそれなりによくある出来事かもしれないが、メモリーの借りパクは前代未聞である。

 そして借りパクは返ってこないのが普通!

 ま、不味いことになった!


 慌てる私だが、反面、お兄様は冷静そのものな態度で私を諭す。


「大丈夫だ。もう一度言うが、湖の乙女はラウラに恐れをなしている。それ即ち相手に勝ち目はないという事だ」

「まず恐れをなしているんですかね?」

「そうじゃなければ逃げる理由がないだろ」

「なるほど……」


 考えてみればニムエさんは世界を救うために私の記憶を奪ったのだけど、それは自力で巨悪を討てないからに他ならない。

 つまり、そこまでの強さを持ってはいないということ。

 世界を救う可能性を秘めた私の方が現状強く、だからこそ逃げた……?


「いや、でも逃げられたらどうしようもない気が!」


 どれだけ強い武器を持っていようと敵を視認できないと意味がない。

 強者にはそもそも対抗しないというのは、実は結構大事な秘訣であり、長生きするコツでもある。

 ……迅速に逃走を選んだニムエさんはどうやらこの状況で最善の動きをしたらしい。


「世界が広ければ逃げられたら終わりだったかもしれないが、しかし、この空間は広さに限りがある。必ず見つけられるはずだ」

「そういえば途中で大地が途絶えているんでしたね! そ、それでも難しいとは思いますが……」


 この世界の大地はまるで大昔の人が考えた地球のように途切れており、水は何処かへと落下している。

 それを上空から確認できるくらいなので、確かに広さはないのだろうけれど、それでも、それなりの広さはあるので、やはり大変な気がしますが……。


「加えて、この空間ではいつもより魔法の力が増す傾向にある。ラウラ、お前ならこの世界をめちゃくちゃに出来るはずだ」

「めちゃくちゃにするんですか!?」


 魔法の力が増すのは前回夢に来たジェーンの様子で分かっているけれど、その現象を利用して世界をめちゃくちゃにしようとするのはもうその発想がめちゃくちゃだ!

 お兄様は常識人だと思っていたけれど、やはりメーリアン家の長兄なだけはある……!

 

「良い考えではないか。主よ、めちゃくちゃにするが良い」

「なんでお兄様とエクシュは良く意見が合致するんですか! 世界ってめちゃくちゃにしていいものじゃありませんよ!?」

「大丈夫だ。この世界は乙女が個人的に作り上げたもの。つまり迷惑は奴にしかかからない」

「大丈夫じゃなくないですか!?」

「そもそも『真実の魔法』を消す代償として記憶を奪うのはまだしも、そこから返して欲しいと願い出ても抵抗するのは敵だと言わざるを得ない。相手がどれだけ神格があろうと、俺は俺の妹にふざけた真似をする奴は許さん」

「ひ、ひええ……」


 思ったよりブチ切れのお兄様は、その鋭い瞳を日本刀のように切れ味鋭くし、この世界のいずこかに隠れたニムエさんを睨む。

 その姿は恐ろしかっこいい。並べ変えるととソロ推しかっこいい!


「うむ、では……世界を壊そうではないか」

「ほ、本当にやるんですか? というか出来るんですか?」

「必ず出来る。自分の力を信じろ」

「この世で最も信じられないのが自分なのですが……わ、分かりました! お兄様の信じる私を信じようと思います!」


 推しの信じる自分を信じることで、自身の自信の無さをずらす!

 魔法を使うためには信じる気持ちも重要らしいので、わりと大事な思考作業である。


 それで、えっと、むちゃくちゃにするんだよね。

 ……む、むちゃくちゃって意外と想像しにくいな!

 どんな感じにすればいいんだろう!?

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