その124 推しを霧の中で押す、略して推し霧
「そんなわけで貴女にはジェーンちゃんの代わりに世界を救って貰わないと困るのよ~」
「困ると言われても困ります!」
「さあ、二択の時間よ~」
ついに選択の時が差し迫って来た。
より一層、面倒くさいことになった二択が……。
「つまり……私が記憶を失くしたままだと世界は救われるけど、私が記憶を取り戻すと世界が滅びるという二択なのですか?」
「概ねそんな感じね~」
当初は記憶を取り戻すとか、記憶を失くしたまま最強でいるかという二択だったのだけど、いつの間にか世界を救うか救わないかの二択になっちゃってる!?
究極の二択感が更に増してしまった! どうしてこんなことに!?
「さあ~、世界か自分か選ぶのよ~」
「あ、悪魔!」
「どちらかと言えば天使的な存在よ~」
ニムエさんは天使のような微笑みで悪魔のような二択を私に突き付ける。
その姿は愛らしく恐ろしくて、人を不安にさせる謎の魅力にあふれている。
だけど、私の腹は実は決まっていた。
というか、ここに来る前から、決断はしてきていた。
「私の答えは一つですニムエさん」
「聞かせてちょうだいなぁ~」
「私は──記憶を取り戻します!」
私のその言葉を聞いてニムエさんは……少し怒ったように眉を顰める。
うっ、美人が怖い顔すると何故だかすっごい胸がときめく。
私は目付きの悪い美人が好きらしい……こ、これはギリギリ変態じゃないかな! うん!
「少し予想外だったわねぇ~、貴女は自分のことより世界のことを優先する子だと思っていたわ~」
「いえ、私は自分を選んだつもりはありません」
「……どういうことかしら~?」
不思議がる彼女に私は絶対的な答えを突き付けた。
そう、記憶を失おうと世界が変わろうと、決して変わることのないその結論を。
「私が記憶を失ったせいで──推しが悲しんでいるんですよ!!! 看過できませんこんな状況は!!!!!!!」
「え、えぇ~……」
「私は推しには常に笑顔でいて欲しいんです! たとえ悲しんでいたとしても、それは満開の笑顔が花開く過程であって欲しい。大きくジャンプするための助走であって欲しい。頂上の光景を見るための登山であって欲しい! 土砂降りの雨を超えた先にある虹であって欲しい!! やがて昇る太陽を待つ夜更けであって欲しい!!! 報われて欲しいんです!!!!」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って~!」
私の全力の熱意に押され、後退りを始めるニムエさんを、私は更に押していく。
推しを押すために、今は目の前の乙女を押す!
「さあ、記憶を返してください! 私に必要なのは無限の可能性を秘めた魔法じゃなく、推しの穏やかな日々なのです!」
「せ、世界が天秤にかかっているのよ~? 世界より貴女はその推しって言うのを取るの~……?」
そう、私が記憶を取り戻さないと世界が滅びるという話らしいが……そんなこと知ったことではない!
理不尽二択は無視します!
「世界がなければ推しもないでしょう? 勿論世界も救います!」
「無茶苦茶言ってるわこの子~!」
困り果てたようにオロオロする彼女に、私は更に更に畳みかける。
美人の困ってる顔も好きだな……なんて思いながら!
「無茶ではありません! 私の推しは世界を必ず救います! なにせ世界最強を目指している子もいますからね! そして私の魔法のことも分かったので、記憶を取り戻したら、私は今の強さを取り戻すように努力します。そしたらきっと世界も金魚のようにすくわれていますよ!」
そもそも私は究極の二択みたいなのが苦手だし嫌いなのだ。
どうして両方を選ばせてくれないのか!
今回、ようやく訪れたこの機会に私は──両方を選んでやる!
オタクは欲張りなんだから!
私の熱弁も終わり、周囲に一瞬の静寂が生まれる。
両側にそびえる水の壁は鏡のように私の緊張した姿を映していた。
「……どうやら説得は無理のようねぇ~。仕方ないわ~、この手は使いたくなかったけれど」
静寂の糸を切ったのはニムエさんだった。
その朗らかな声色が少し低くなり、ニムエさんはその笑顔に影を落とす。
最後に間延びした口調が消えるというホラーを味わいながらも、勇気を振り絞り、彼女に相対する私だが、こ、この手とは一体!
「に、逃げるわ~!」
瞬間、ニムエさんの姿が霧に包まれていきそして……消えてしまった!
え、え、えー!? そんなのありですか!?
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