その121 モーセの誤解

 さて、湖の水をぜんぶ抜くにしてもその方法は色々あるのだけど、果たしてどれが一番状況に即しているだろうか。

 例えば、干上がらせることは事態は今の私には可能なのだろうが、しかし、その後水を戻せなくなる危険性があって、ニムエさんを無駄に怒らせてしまいそうな気がする。

 では、全ての水を吸い上げて一か所に固めるのが一番穏便なのだろうが、そんな繊細なコントロールが大怪獣な私に可能だろうか……。


 いや、無理な気がする。

 怪獣に出来るのは破壊とゴリ押しだけだ!

 その結果誰かを救うことはあっても、繊細な人助けは不可能! それが怪獣!


 つまり、私がやるべきは大雑把な方法に限られるわけで。

 大雑把で、それでいて取り返しがついて、湖の乙女を怒らせない方法……。

 神的な存在は非常に怒りっぽいので、なかなか難しい気がするけれど、いったいどうすれば──などと悩んでいる私に、その神というワードから連想されるようにある考えが思い浮かぶ。

 そうだ、もしかするとこれならば……!


「よし、やります!」

「水を全て凍らせるのはどうだろう主」

「その行為になんの意味があるんですか!?」

「ニムエが凍りついていたら少し面白いだろう」

「ものすごく怒られそうだからやめてください!」


 普段は紳士的なのにニムエさんにだけやたら厳しいエクシュだった。

 湖の乙女の氷漬けはマズすぎるよ……! 主に見た目が!


「ではどうするんだラウラ」

「それはですね……割ります!」

「湖の乙女をか? 縦と横、どちらで割るんだ」

「やはり凍らせるのだな」

「凍った上で割ろうって言っているんじゃないですよ! 先ほどから発想がちょっと怖いです!」


 お兄様とエクシュは何処か似たところがあるらしく、どちらもその発想は知的なのに物騒だった。


「いいですか? こう割るんです」


 謎に恐ろしいことを言うお兄様とエクシュは置いておいて、私は湖に向かって両手を上に掲げる。

 こ、こんな感じだっけ、呪文とか特にないから確信が持ちにくいけど、大体こんな絵面だった気がする。

 そして、最後に力を込めて……割れろー!


「モーセさんお助けを!」


 一ミリも知り合いではない人の名前を叫びながら、がばーと手を広げると──その手の動きに呼応するように、湖はズズズっとまるで両開きのドアのように見事に割れていくではないか。

 これがなんか私の知識の中にあった神的な方法……モーセが海を割るやつだ!

 正確にはモーセが割ったんじゃなくてモーセの願いで神が割った感じだと思うけど、今回は私の独力である。

 水が壁のようになり、水底に一本の道が出来ていく様は、我ながら神々しすぎてちょっと怖くなるほどだった。


 そしてその水底に人影が見えてくる。

 そこにいたのは──めちゃくちゃくつろいだ姿勢でボリボリと何かを口にするニムエさんの姿だった!

 明らかに休日モードだ! な、なんか申し訳ない気分!


「ふわあぁ眠い……あれ~? なんか水がなくなっているような~?」

「あ、あの、すいませーん! ラウラ・メーリアンですー! お邪魔してまーす!」


 まだ現状に気付いていないニムエさんに意を決して話しかけると、彼女は目を丸くしてこちらに向き直る。


「えっ~!? み、水割ってお邪魔することある~!? これドアを壊して入って来たのと大体同じよ~?」

「スッゴイ失礼どころか犯罪ですね! すいません!」

「いいけどさ~、というか、あの、ちょっと着替えてくるわね~」

「それ私服的な感じなんですか!?」


 真っ白でゆったりとした服に身を包むニムエさんだが、それは普段着であって、仕事着ではないらしい。

 でも、いつも首から下が水没しているから分かりませんよ!?

 リモートワークしているときは上半身だけ整えればいい的な理屈が成り立ちませんか?

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