その119 イケボ・ラウラ・ボケイ

「今のラウラに護衛の必要もないと思うが、兄として心配なのでついていきたいんだが……構わないか?」

「はい、それは勿論!」


 勿論大丈夫なのですが、心臓の方は勿論大丈夫じゃないんですよね。

 炬燵から醸し出される深いリラックス効果のおかげで、何処か気安くなるところはあるものの、冷静に考えると一緒に炬燵に入るのってそこそこハードル高くない!?

 足とかぶつかったら消えてなくなりそう……。


「まあ入ってみますが……おお、ぬくい」

「魔法で温めているのだろう。持ってくる最中も常に熱を発していた」

「実は炬燵という一点で見てもこれすごくないですか?」

「伝説の炬燵なのかもしれない」


 伝説の炬燵とは一体!?

 それを持って冒険する勇者とか一周回って見てみたいような、見たくないような……。


「では伝説の炬燵で……寝るか」

「やはりシュールですね。兄妹らしくはあるのですが」

「眠れるまで長引くと思って、ボードゲームとお菓子を持ってきたぞ」

「本格的な休日模様!」


 こうして私たちは駒を動かしつつお菓子をつまみながら、謎に長閑な時間を過ごすことになった。

 ま、まあ、まだ全然眠くないので仕方ないのだけど、それにしたって平和すぎる光景!

 果たしてこんな調子で湖の乙女に会えるのだろうか……。





「起きよ我が主、いや、夢の世界で起きよとはおかしな話か」

「はい!? あれ、ここは!?」


 渋い声で目を覚ました私が見たのは、青々とした大森林である。

 さっきまで炬燵の中にいたのに急に大自然!

 寒暖さで風邪ひきそう! いや、それ以前に炬燵で寝ると風邪ひくんだっけ!?


「ところでイケイケボーボーなこのイケボはいったい……」

「主の剣こと、えくしゅかりばーである」

「剣が浮いている! どころか喋っている!?」

「名剣と言うのは喋るものだ」

「し、知らなかった……」


 浮く方は特に理由がないのかと言いたくなるが、とにかく、私の剣はイケボで喋るらしい。

 話には聞いていたのだけど、こうして実際に目の当たりにすると衝撃がすごすぎて、すっごい混乱する。

 ただでさえ急な大自然大森林で大混乱大困惑なのに!


「本当に喋るんだな、えくしゅかりばーは」

「あっ、お兄様!」


 いつの間にか背後にいたお兄様はさすがに浮かぶ剣には驚いているようで、やや警戒しながらエクシュを見つめている。

 というか、お兄様がえくしゅかりばーって言うの可愛いな。

 さすが名剣、こうやって可愛い名前を呼ばせて萌えるところまで含めて有能だ!


「それにしても、あの、お兄様、私いつの間に眠っていたんですか?」

「お菓子を片手に持ち天に掲げたまま眠りについていたぞ」

「一体私は寝る前に何をしようとしていたのでしょう……」

「それは分からないが、俺は後を追って必死に寝るので大変だった」

「必死に寝ようとする人初めて見ました」


 あっさりと炬燵の魔力(比喩表現、本当に魔法があるとややこしい!)によって眠りについたらしい私だが、半端に魔力に抗えるお兄様はどうやら大変だったようだ。

 しかしながら、私の気分的には寝たら夢の中じゃなくて気付いたら夢の中なので、なんだかすっごく不思議な気持ち。


「お初にお目にかかり光栄だが、今はゆっくり挨拶しているわけにもいかない。主よ、私が付いていながら乙女の横暴を許してしまい、すまなかった」


 浮かびながら持ち手の方をを傾けるエクシュ。

 も、もしかして頭下げてます?

 そっち頭でいいのかな?


「あれ、そんなに記憶喪失は横暴な感じですか!?」

「ラウラ、普通に考えれば相当な事態だぞ」

「すいませんなんか慣れてしまっていて……」


 言われてみれば記憶を失うなんて、超異常事態で大変なことなのだろうけれど、みんな優しいし、私の感覚としてもなんだか前と違いがない気がして楽に生きてしまっていた。

 やや能天気が過ぎているだろうか。


「いや、ラウラはそれでよい」

「うむ、主はそれでよいだろう」

「ううっ、両側からイケボが迫って来る!」


 こんなイケボに挟まれてはこれでよいと思う他ない!

 もはやバイノーラル催眠音声!


「さて、乙女だが恐らくそう易々と記憶を返しはしないと思う」

「な、何故……記憶をコレクションする趣味でもあるんですかね?」

「その趣味ヤバすぎないか」

「神的存在ってそういう事しそうじゃないですか? あと、それ以外に私の記憶に価値は……価値は……もしや価値がある?」

「ラウラにあるという秘密の話か」

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