その117 脳内温度1200度

「そんなわけで、今日は色々な人に自分のことを聞いて最終的にバトルをしました。総合的に見て良い日だったと思います」

「何も良くないんだが……」


 寮の前で石像のように直立し、じっと私を待っていたお兄様に連れられて、やって来たのは談話室。

 そこで私はお兄様に向かい合い、今日の出来事を話しているところだった。

 なんだかんだ楽しい時間だったし、すっごい美形な皆様を見られて満足だったのだけど、一体どこに問題が……?


「何故戦っているんだ」

「世界最強を求めるが故にです! あっ、私ではなくグレンが」

「今すぐあいつを叩きのめして世界などという夢を二度と見られなくしてやりたい」

「ゆ、夢は尊いものですよ!」


 ほ、本当に一度はグレンとタイマンを張り撃破したというお兄様が言うと説得力が違う!

 本当に叩きのめしそうだから、やめてあげてください!


「はぁ……しかし、まあ、自分探しと言うのは面白いな」

「ですよね!」


 バトル展開には眉を顰めるお兄様だが、自分探しそのものについては肯定的だった。

 ただ、あれを本当にバトルと呼んでいいかは審議が必要な気がする……ただグレンが吹っ飛んだだけというか……半裸になっただけというか……。

 むしろお色気展開だったのかもしれないな……。

 

 それにしても、この談話室。私の記憶にはないが、もしかするとイブンと授業した場所と同じ部屋なのではないだろうか。

 ただ、その時には明らかになかったであろうものが、真面目なお勉強の場には不釣り合いであろうものが、そんな異物が部屋の中には一つあった。

 なかなかの威圧感で部屋の真ん中にどんと鎮座されているそれは──炬燵だった。


 ……何故?

 家族水入らずで鍋パでもしようと言う算段ですかお兄様?

 もう冬も終わりですよ?


 そもそもまだ兄の実感も薄いのに! こんな美男子が私のお兄様なんて絶対嘘だ!

 一緒の炬燵に一緒に入るのはまだハードルが高いです!


「あの、炬燵はもっと時間をかけて入った方が良いのではないでしょうか」

「いや、即座に入って貰いたい」

「即ですか!?」

「まあ、あれのことは一度置いておこう。それでラウラ、色々と自分のことを聞いてどうだった?」

「そうですねぇ……」


 これまでの私の知人だと言う人から聞いて来た私の印象は……。

 やはり怪しい! そして変態だ!

 怪しくて変態なんておよそ最悪の人間に思えるが、しかし、みんなから愛されてはいた。

 その背反する二つの要素から考えるに……。


「全力で悪人っぽいところがないか考えたのですが、残念ながら、私はちょっと奇妙な善人の様です」

「あまり己を悪人に思いたがるな」

「ごもっともですが、私は私を誰よりも疑いたいのです!」

「……自分に甘くないところは評価すべきかもしれないが」


 別に自分に厳しく他人に優しく、みたいな意味合いで言ったのではないのだけど、良い方向に受け取ってくれるお兄様だった。

 単に自分が世界一信用できないだけである!

 自分なんて信用してたら、裏切られまくるからね!


「あと、お兄様にも私の印象を聞きたいのですが」

「ああ、そうだな」


 お兄様は悩むそぶりを見せずに、ごく自然な動きで私の頭を撫でると、慈しむようにこう言った。


「自慢の妹だ」

「ヤバいです! 私が爆発します!」

「どうにか鎮火してくれ」


 もうあまりにも堂々、しかも頭を撫でながら、そんなイケメンなことを言うもので、言われた私の脳内はもはやマグマといい勝負が出来るほどグツグツである。

 溶けてしまう! 脳みそが! かにみそのように!

 美味しくなってしまうー!


「で、では、記憶を取り戻した私と記憶喪失の私ではどちらが良いですか?」

「どちらも自慢の妹に違いはないさ……」

「ひえ~!」

 

 マグマが更に熱を増し太陽に近づきつつあるが、しかし、そんな茹った思考の中でも、私は少し寂しげな顔をするお兄様を見逃しはしなかった。

 ……うん、私は決めたぞ!


「決断しました!」

「何をだ?」

「勿論、記憶の有無についてです!」


 これまで色々な話を聞いて来たけれど、お兄様と話したことで、私の中にようやく一つの答えが出た気がする。

 ……気のせいかもしれないけども!


 ジッとこちらを見つめ、ただ無言で私の答えを待つお兄様。

 そして──これが私の答えや!

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