その74 分からないところが分からないという話が分からないという話が分かるという話

「ローザ、中にいる?」


 談話室の真っ白な扉を三度ノックしようとすると、二度目を廊下に響かせる前に中から少し落ち着きのない声が返って来た。


「い、いますわ! いますけれど、少々待ってくれるとありがたいですわ!」


 談話室の中からドタバタと忙しない音が聞こえてくる。

 何やら片付けているようなそんな音に私は興味惹かれる。


 この扉一枚挟んだ先で、メイドさんがバタバタしていると思うとついつい待つことも忘れて覗き込みたくなる衝動に駆られるけれど、ツルの恩返しになったら困るし、良いオタクとしてここは歯を食いしばり我慢することにした。

 ……オタクっていうか人として当たり前だけどね?


 扉の前でイブンと二人、楽しく待ちぼうけていると、やがて談話室は静かになり同時に扉も静かに開いていく。

 

「お、お待たせしましたわ」


 ひょっこりと顔を出したのは頭に白い粉を被ったローザだった。


「ローザ! なんだか忙しそうだけど、何かあったの?」

「いえ、大したことではありませんわ!」

「あと頭に粉が乗ってる!」

「た、大したことではありませんわ!」


 慌てたように自身の煌めくような金色の髪を真っ白な指で掃くローザ。

 その姿には普段のスマートさはない。

 言動は『素直の魔法』で大変なことになっている彼女だけど、行動はまだまだ上品にして壮麗だったはずなのに。

 一体何があったのだろう。

 ローザは嘘が付けないはずなので、大したことないと彼女が言うのなら事実大したことはないのだろうけれど、それにしてはなんだか疲れているような……。


「本当に大丈夫?」

「ええ、ちょっと授業の準備に一人で前もって授業をしていただけですわ。黒板の板書の配置とか試験範囲の中でも強調したい部分などを考えながらやっていたら、気付いたらかなり時間が経っていまして……それで黒板を必死になって消していたところですの」

「じ、事前授業を……!?」

「あら、これくらいは教職に就くものなら誰もがやっていることですわ」

「それはそうかもしれないけど、本格的過ぎてびっくりしちゃったよ!」


 大したことではないって言っていたけど、いやいや、それは大したことだよ!

 本音でそう言ってるのがすごいけどさ!


 聡明かつ努力家な上に真面目で常に全力なローザらしく、教師という役にも真剣そのものな態度で向き合っているようだった。

 思えば全身全霊でメイドに徹している彼女なのだから、教師にも全力なのは当然だったか。


 あー、でも教師なローザいいなぁ。

 厳し目な先生として学校に一人は欲しい逸材だ。

 今は何故かメイドルートを歩んでいる彼女だけど、正規ルートなら教師はかなりの天職なのかもしれない。

 ジェーンは教師ルートあるしね。


「こほん、それでそこの男の子……男の子?がイブンですわね」

「一応男の子だよ先生。よろしくね」


 イブンの中性さに驚きつつも、ローザはその美しさには興味がないようで、一瞥すると即座に黒板に向き直る。


「飲み込みは良いと聞いていますので、ビシビシ行きますわよ!」

「望むところ」


 胸を張って威勢のいいことを言うイブン。

 その時の彼の姿は頼もしかった……そう、その時は。

 そして冒頭に戻る。





「まさかゴーレムそのものの説明が必要とは思いませんでしたわ」

「冷静になってみると、動く人型の土ってかなり変だよね。私は大好きだけどゴーレム。ゴーレムの上に乗って空を飛びたい!」

「ごーれむは空も飛べるんだ」

「いや飛べませんわよ!?」


 早くも授業は暗礁に乗り上げていた。

 努力家なローザは教師にピッタリだと私は思っていたのだけど……そもそも前提となる知識が違いすぎて、どこから教えればいいのか分からず、まずそこがすれ違ってしまっていた。

 まあ、ローザは幼い頃から英才教育を受けているわけなので、教育を受けてこなかったイブンとズレがあるのは仕方がないことなのだけど。


 ちなみに空飛ぶゴーレムは私の考えでは製作可能なはず!

 だってほとんどロボだしゴーレムは!

 ラピュタ的な奴が出来ると思う!


「何から教えていいかを教えて欲しいところですわね」

「分からないところが分からない」


 お決まりなセリフを言うイブンを見て、ローザはがっくりと肩を落とす。

 でも、分かる。分からないんだよね。


「あー、分かる分かる。分からないから分からないのに分からないところを聞かれても分からないよね。ローザには分かりにくいかもしれないけれど、ここは分かってあげて欲しい!」

「分かる分かるややこしいですわね!? ラウラ様、こういう時のためにラウラ様にも出席してもらっているのです。よろしくお願いしますわ」

「うん、そうだよね! 頑張ります!」


 ローザの言う通り、私は生徒にして副教師、何もしないのであればただの野次馬と変わりない。

 頑張って授業のサポートをしないと!


 今は優等生みたいな立場に今はいるけれど、私は根が凡人なので分からない人の気持ちもかなり理解できる。

 かつて分からなかったからこそ、分からない人の分からない部分も分かるはず……!


 とりあえずイブンはゴーレムという存在を捉え切れていないというか、実感がない感じなので、とにかくゴーレムを身近に感じさせる必要があると思う。

 イメージすらできないものを理解しろなんて、それはかなり無茶な話なのだから、まずはその形を知ることが大切。

 そしてゴーレムを身近に感じさせるなら、やはりもう文字通り身近にゴーレムを置くのが一番だろう。


「よし、とりあえずゴーレムを見てみよう!」

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