イブンのご入学万歳編
その70 晴れの日も雨の日も
冬の寒さもようやく遠くへ旅立ったのか、それともジェーンの地元テルティーナ村の寒さを肌が覚えているのか、その日の外は暖かな空気に包まれていて、なんだか外に出かけたくなるような、そんな気持ちにさせてくれる。
いかにも運動日和といった麗らかなその日に私たちは──部屋にこもって勉学に勤しんでいた!
「そんなわけでゴーレムを利用した農業というのは、ゴーレムの行動制御の複雑さとそれに掛かる多大な費用から一般に実用されることはなかったのですわ。また、ゴーレムは内部ではなく外部に命令文を刻まなければならないので窃盗に弱いという側面もあり、その課題を乗り越えないことには安価で実現できたとしても、やはり実用は厳しいのではないかと言われていますの。これは元々戦闘用だったゴーレムを農業用にしたことによる弊害とも呼べるものでして──」
「ごれ……ごれ?」
「ストップ! ストップローザ! イブンが付いてこれてない!」
黒板にスラスラと文字を並べながら、まるで高速詠唱のように近代ゴーレム論について語るローザの話をイブンは何一つ理解できずにいるようで、頭と目をぐるぐると回している。
私はと言えば、そんな美しく困っているイブンの隣に座りながらローザの美声を浴びるという栄誉を満喫しているところだった。
イブンの美顔を、というか圧倒的『美』を横で見られるのは明らかに健康に良い。
そして、ローザの喉が奏でる調べもまるで天上の音楽のようで、今後耳の調子が良くなるのは間違いないだろう。
そんな感じで私は超楽しいのだけど、今はそんな私情はどうでもよくて、問題はイブンのお勉強の進退だった。
見た限りでは……く、苦戦の兆候が見られるかも!?
だってもう目が渦巻きみたいになってるもん! 分かりやすく分かっていない!
可愛いけども! 可愛いけども可哀そうになってくる!
嗚呼、どうやら前途は多難で困難な苦難に満ちているようだ。
果たしてこの調子で二週間後の試験に間に合うのだろうか……果てしなく不安だ。
だけど、やるしかない! それが推しの望みとあれば!
こんな麗らかな天気の元で我々はどうしてこんな困難に挑んでいるのか。
それはヘンリーとお兄様の作戦によるものだった。
★
「おはようございますラウラ。よく眠れましたか?」
「うわっ! ヘンリー! き、昨日はごめんね! その、色々限界突破しちゃって!」
寮から一歩足を踏み出して、大きく背伸びをしている陰気な少女ことラウラ・メーリアンこと私の元に現れたのは、朝の陽気に負けないほど爽やかな金髪の美少年、ヘンリー・ハークネスだった。
学院の王子様と呼ばれるほどの彼は今日も今日とてイケメンで、その背後には輝く光のトーンが張られている気さえする。
いや、ほんと、見れば見るほどイケのメンだな……。
美人は三日で飽きるみたいなことわざあるけど、全然飽きません!!!!
どころか日々、かっこよさが増している気さえするよ私は!
「いえいえ、僕も旅行帰りだというのに気が利きませんでした。無理をさせてしまったようで申し訳ありません」
「勝手に無理しちゃっただけだから! ヘンリーのせいじゃ全然ないよ!」
そう、呼び出されたことに浮かれて旅行帰りだというのに勝手に急いで向かった私が悪いのであって、ヘンリーに落ち度はない。
落ち度があるとすれば、それはヘンリーの顔が良すぎたということくらいだろう。
意外と筋肉もある彼が接近してきたことによる羞恥死が原因の気絶だったしね。
顔が良いのは罪にして福音!
「どうやら元気のようで安心しました。いきなり倒れられて本当に驚きましたから……人生で一番くらいの驚きでしたねあれは」
「私も私で驚いたくらいだったよ……本当にごめんねヘンリー」
「いえいえ、驚くのもなかなか楽しいものです。それに、きちんと帯を付けてくれたようでそちらも安心しましたよ」
「あっ、うん! まあ、自分で付けたんじゃなくてローザに手伝って貰ったんだけどね……」
私は腰にぶら下がる剣を撫でながら、己の不徳を思い出す。
そう、私がアホなばかりに帯が必要になったんだよね……。
ひょんなことからえくしゅかりばーという魔剣を持ち歩くことになった私だけど、剣に馴染みがない私は、この剣を髪留めのゴムのように何処かに置いて行ってしまうこと多々あって困り果てていた。
えくしゅかりばー、略してエクシュにはしかし自力帰還機能という全人類が携帯に欲するであろう夢の機能が付いていて、だから無くすということにはならなかったのだけど、いつまでもこの調子ではいつエクシュが私を見限ってしまうか分からない。
そんな私を心配して、剣を携帯するための帯をヘンリーがプレゼントしてくれたのだ。
しかもヘンリーデザイン!
世界に一つだけの強すぎるファングッズ!
逆にこれを私が貰っていて大丈夫なのか心配になるレベル!
まあ、その装着方法が分からなくて、ヘンリーに後ろ手に抱きしめられる形になって気絶したんだけどね……。
男性に免疫がなさ過ぎた……なんか元気にしゃべれるようになって勘違いしてたけど、私って変わらず陰キャだから、未だに男性と距離が近くなると羞恥に耐え切れなくなるみたいだ。
「なるほどローザに付けて貰いましたか。それはそれでありですよラウラ。メイドを使うのも主人の役目ですしね」
「ローザを純粋にメイド扱いするには抵抗があるんだけどね……」
結局、自室に戻っても帯の付け方が分からなかった私は、ルームメイトにして使用人という特殊な立場にあるローザを頼り、プレゼントされた帯を装着して貰ったのだけど、それはそれでローザのいい香りが至近距離で流れてくるものだから大変だった。
あれ、私ってもしかして、男女関係なく人間に弱い?
弱点人間なの私!?
そんなドラゴンの弱点はドラゴンなポケモンみたいな話ある!?
「やはりその帯は貴女によく似合っていますね。デザインした甲斐がありました」
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