その69 今はまだ細やかな声

「はっ!? こ、ここは!?」

「目覚めましたわねラウラ様」


 がばっとベッドから跳ね起きる私を見つめるのはメイド姿のローザである。

 久しぶりに見るローザのメイド姿は高貴にして愛らしく、鼻血必至の絶景だったけれど、私の頭はまだ混乱していて、今ここが何処かすら分かっていない。

 まだ夢の中にいるような気持ちですらあった。


「ここは貴女の自室ですわ。おかえりなさいませと言っておく必要がありますわね」

「うわー! メイドのおかえりなさいませ初めて聞いたかも! ってそうじゃなくて! わ、私、生徒会室にいたんじゃ……」

「ラウラ様は生徒会室で疲労の限界に達して気絶するように眠り込んでしまったんですわ。それで、ヘンリー様がお姫様抱っこで運んで来たというわけです」

「おひぃひぃんめ様抱っこで!?」

「それだと馬っぽいですが……」


 私、寝ている間にお姫様抱っこで運ばれてたの!?

 まさに夢みたいな光景だけれど、その時私はすでに夢の中というわけか……。

 勿体ないことをしたような、心臓がぶっ壊れなくて助かったような、なんだか複雑な気分だ。

 ナチュラルにヘンリーに迷惑をかけているところは深く深く反省するべきだけども。


「ああ、ただ寮内は男子禁制ですのでそこからはジェーンがお姫様抱っこで連れて来たんですわ」

「推しによるお姫様抱っこリレーが開催されてたの!?」

「一気にお姫様抱っこが安っぽくなりましたわね」

「ううん、超高級だよ!」


 まさか私が意識を失っている間にそんな凄まじいリレーが行われていたとは、よもやよもやすぎる……!

 そんな幸せ過ぎる場面に立ち会えなかったとは──いや、まてよ?

 私という荷物をヘンリーとジェーンでリレーしてきたと思うとめちゃくちゃ尊いな?


 普段は本当にただお荷物な私の属性が真にお荷物になることによって観葉植物的な意味合いを持つことになり、純粋にヘンリーとジェーンの関わりになっている気がする!

 すごい! 革命的だ!

 ずっと寝てようかな!?


「長旅相当にお疲れだったようですわね。丸一日寝ていましたわ」

「そ、そんなに!? 人生最長睡眠かも……」

「お腹がお空きになられたでしょう? すぐにご朝食お持ちいたしますわ」


 私の返事も聞かずにローザはパタパタと部屋を出て行ってしまう。

 残された私は、言われてみればすっごいお腹減ってるかもと思いながら視線をお腹の方へ向ける。

 するとそこにはもう何回目か分からないのだけど、えくしゅかりばーがしれっと存在していた。

 エクシュ、だんだん紛失してからの距離が近くなってきてる気がするな……。


「エクシュー! ヘンリーに超迷惑かけちゃったかもしれないよ! 全面的に私が悪いんだけどさ!」


 『真実の魔法』は一人になっても口煩くしてしまう側面があるのだけど、今日は一応エクシュという話し相手がいるので独り言ではない。

 そう、剣に話しかけてるからセーフ!

 話し相手は剣!

 ……独り言よりアウト感増してるかな?


「旅行楽しかったねぇ。ほぼ遊園地みたいな感じすらあったよ。まあ、当初の目的である『真実の魔法』解除の方法はジーナさんの解読待ちなんだけど、それでも進展があったとは言えるし、それにエクシュにも会えたしね! 100点満点中100億万点の旅行だったよ!」


 当然、エクシュからの反応なんてないのだけど、なんだか話を聞いてくれている気が勝手にして、私は楽しく話を続けてしまう。

 まだ出会って数日だけど、私デザインなだけあって、なんだか心の距離が近いのだ。

 それに私、有機物より無機物と話している方が性に合ってるしね……。


 しかし、こうして寮の部屋に帰って来ると、昨日までジェーンの地元にいたなんて嘘みたいに思える。

けれど、目の前にあるエクシュこそがこの旅行は真実であったことを裏付けていた。


 なんだか夢の様だったなぁ……実際、夢の中にもいったんだけど。

 ただ、帰って来てようやくのんびりできるかと言えばそうではなく、これからはイブンの入学大作戦に努めないとだし、エクシュとの絆も深めたいし、あの忌むべきランニングとの戦いをまた再開しないとだし……色々山積みかもしれない。

 そういえば、ヘンリーを中心に魔剣の情報も集めたはずで、その辺の話も私がぶっ倒れたことで聞きそびれてしまったし、それも気になる。

 これだけいっぱいやることがあると、まだまだ新学期は遠そうかも。

 でも、これまで一人で暇を潰していた日々に比べればこれは贅沢な疲労だ。

 自分のためにも、そして推しのためにも頑張っていかないと!


「よし、頑張るぞい!」

「くれぐれも我を忘れないようにな」

「うん! うん? えっ?」


 なんだか威厳のある声が響いたので周囲を見渡してみるが、やはりこの部屋は私一人で、他に誰の影も見当たらない。

 じゃあ、ナナっさん? あの人は神出鬼没を極めているからそれは普通にありそう……だけど、声が違う気も。


「ラウラ様、お待たせいたしましたわ! パンを持ってきましたので、たんまり召し上がってくださいまし」

「あっ、ローザ! うん、いただきまーす!」


 ローザの登場と、長く寝たことによる空腹によって、私の興味は香ばしい匂いがするパンへと移り、結局声のことは幻聴か何かだと思うことにした。

 それより今はパンパンパン!

 すきっ腹を埋めるように私はパンを胃袋に放り込む。

 そう、パンパンにね!


「超おいしい! いや、あのね、ジェーンのお母さんの料理もめちゃくちゃ美味しかったから、帰ってきたらしばらく舌が肥えてしまって満足できないかもしれないと思ってたんだけごふっごふっ!!!!」

「ああ! ラウラ様、しゃべりながら食べると喉が……って、わ、私のせいでしゃべるながら食べる羽目になってるんですよね……あの、本当に申し訳ございません。生涯かけて償う所存ですので……」

「そ、そんな重くとらえなくていいから、水を……」

「あっ、そ、そうですわよね! はい、お水ですわ!」


 『真実の魔法』との付き合いもそろそろ慣れていい頃だろうに、未だにポンコツな私だった。

 こんな調子でこれから迫りくる様々な問題を解決していけるだろうか……。

 し、心配だけど、心だけは強く持っておこう! うん!


「……本当に大丈夫か我が主人は」


 小さく尊大な声は慌てる私とローザの慌てる声にかき消されて、私たちの耳に届くことはなかった。

 騒がしい日々は今日も、そして明日も続く。

 登場人物を増しながら。

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