その68 疲れたら休まないと駄目という話

 腰に剣をぶら下げるための物なのだけど、よく騎士様などが持っている物とは違い、かなり簡易的な作りをしていた。

 ファッションの一部というか、ベルトの亜種みたいな軽い作りになっている。


「こんなこともあろうかと用意していたんです。それで佩剣してください」


 ヘンリーはこともなげにそう言うけれど、ちょ、ちょっとまって、何でこんなぴったりのタイミングでぴったりの帯をプレゼント出来るの!?


「い、いやいやいや! にっこりとそんなこと言われても、えええええっ!? わ、私が剣を持って帰って来ることを想定して用意してたの!? そんなことある!? うん、察しが良いとは思ってた、思ってたけどさ、これはもう完全に未来予知だよ!?」


 私自身でさえ、テルティーナ村への旅行でまさか剣を持って帰って来るとは思っていなかったのに、ヘンリーは最初から予想済みだったかのようにこうして目の前に帯を、しかもかなりハイレベルなデザインの上等な帯を用意している。

 どうなってるの推し!? お、推し、推しー!?


「ああ、それは誤解です。ラウラが剣を持ってくることを予想して用意したのではなく、私たち居残り組で魔剣について調べた際、今後必要になると思って用意したのですよ」

「あっ、なるほどー! いやー、びっくりしたよほんとに!」


 ちゃんと筋道の通った説明がされて私は心底安堵した。

 そういえば出発前に集合していた時、ヘンリー・グレン・ローザの三人でそんなことを話していた覚えがある。

 その流れで剣を持ち歩くための帯も用意してあげようという結論になっていたということか。


 ほ、本当に未来予知したのかと思った……ついに推しが神(比喩)から神(事実)になったのかと!


「そこまで驚かれると面白いですね」

「あっ、ごめんね! 変に驚いて。最近、驚きすぎて驚きの基準値が下がって来てるのかな……も、もう大丈夫! 簡単に驚いたりしないよ!」


 そもそも対『真実の魔法』は平静を保つことも対策の一つだったはず。

 ここは心を新たに、最初に立ち戻ってなるべく驚かないように頑張ろう……!


「ちなみにデザインは僕がしました。お気に召していただけたら良いのですが」

「えーーーーーーーーー!? えっ、えっ、え、えーーーーーーーー!?!?!?!?」


 私の誓いは一秒で崩れ去った。

 デザインしたー!?


「はい、絵を描いたんですよ」

「その絵ではなくて! えっ、こ、この素敵すぎる帯をヘンリーが? ががが!?」

「はい、あまり女性向けの物がなかったんですよね。まあ、剣は男性文化なので仕方ないのですが。しかし、ラウラに無骨なものは無粋だと思いまして、これはもう作るしかないかと」

「普通思い立っても作れないけどね!?」


 目の前にある花飾りの帯はなんとヘンリーが私のためにデザインしたものだという。

 ず、ずっと素敵な帯だとは思っていたけれど、それを聞くと一気に輝きを増してきたような気がする。

 我ながら底の浅い女だけど、推しが作ったと知ってしまうと、もう同じ目では見られない!

こ、国宝が目の前に現れてしまった!


「わ、私のために作ってくれたの!? ヘンリーが!? こんな素敵で無敵なものを! というか、当たり前のようにデザイン出来るのさすがすぎる! 何でも出来すぎだよ! 本当に! 絶対プロの作品と思ったのに……うん? あれ、これを私が貰うってことはえくしゅかりばーがここに収まるってこと!? そ、そんなことある!? 私のデザインしたこの落書きソードがヘンリーのデザインしたものに!? ふ、不釣り合いすぎないかな? ああエクシュごめんね! エクシュを悪く言うつもりじゃなくて……その、エクシュが悪いんじゃないんだよ! エクシュをデザインした私の腕に問題があったっていうか、貴女はいい剣なの、うん!」

「己の剣に言い訳を始める人は初めて見ましたが、大丈夫ですよ。ラウラの剣は素敵な剣ですから、むしろ僕の用意したものでは見劣りしないか心配なくらいです」


 笑顔でそうフォローしてくれるヘンリーだけど、そんな馬鹿な!?

 デザイン面ではヘンリーと私の差(天と地の差の同義語)があるよ!?


「本気で言ってるそれは!?」

「すいません、半分はお世辞です」

「だよね!!!!!」

 

 今日もお茶目なヘンリーだった。

 半分は本気だっただけでも優しすぎるけどね?


 それにしても、ヘンリーからのプレゼントは嬉しい、もちろん嬉しい。

 だけど、いきなりでは本当にビビッてしまう私がいた。

 いきなり素敵だもんな……私の小さな幸福胃袋では接種しきれない面が否めない。

 

「も、貰っていいのこんな世界に一つだけの花を!」

「貰ってくれないとむしろ困るのですが……私がこれを付けるのはそれこそ事件です」

「えっ、それはそれで似合いそう……じゃなくて、えっと、うん、断る方が失礼だとは分かっているんだけど、ごめんね! 私の心がグダグダ言っちゃって! い、いただきたく存じます!」「はい、存じてくだざい」


 私は深く頭を垂れながら帯を受け取る。

花々の一つ一つが生き生きとして見えるその帯を私はさっそく装着……しようとして普通に失敗した。


「あれ? あれあれ?」


頑張って腰につけようとするのだけど、まるでハマらない。

 えっ、ど、どういう構造!? ただのベルトじゃないの!?

 

「貸してみてください。これはですね、ここのところを……」


 手際の悪すぎる私の手を取るように、ヘンリーが背後まで来て私の手ごと帯を掴む。

 瞬間、私の頭頂部からボフンっと煙が噴き出した。


 ぎぇえええ!? か、過去一で近いんだけど! 背中に立派な胸筋が当たってますよ!?

 ラブコメでよくおっぱいが当たるところは見るんだけど、まさか自分が雄っぱいの感触を背中で味わうことになるとは!

 だ、弾力があるんですね?


 やっぱり細く見えてもヘンリーは鍛えているらしく、その体は、手は、しっかり男性らしく固く力強い。

 や、やばい、お兄様は一応身内だから我慢できたけど、へ、ヘンリーがこの距離に来られると私の脳がもうキャパオーバーしてる。

 なんか視界もぐるぐるしてる気さえするし……こ、興奮しすぎて顔も赤を通り越して青くなってきた気が!

 私は信号か!


「ふぇ、ふぇんりー、私、もう駄目かみょ……」

「誰ですかフェンリーさんは。って、あれ? ラウラ? 顔が赤と青を行ったり来たりしているのですが」

「みょう駄目でしゅ……私、幸せ死しましゅ……」

「聞いたことがない死因で死なないでください! ラウラ? ラウラー!?」


 略して死合わせによって私は机にぐったりと倒れ込むと、やがて意識を失った。

 りょ、旅行の疲れと興奮のダブルパンチでついに脳が限界を迎えたらしい。

 よく考えたら夢の中でもずっと活動してたからあんまり休んでなかったかもしれない!


 かすれる視界で私が最後に見たのは珍しく動揺して私の肩を揺さぶる、焦ったようなヘンリーの美顔だった。

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