その67 旅の話と帯の話

「それはなんですか?」


 ヘンリーはピカピカに磨かれた生徒会室の床を指差し、怪訝な顔をする。

その指先から出る点線を追うように視線を動かしていくと……そこには落書きの様な剣が!


 え、えくしゅかりばー!

 いつからそこに!?


 そういえば学院に戻って来てからエクシュを持ち歩いている覚えがまるでなかったけれど、そりゃそうだ事実持って無かったんだ!

 た、多分、学院長室あたりで忘れていってしまったのかな?

 それでエクシュはちょっと呪いの装備みたいなところがあるから、勝手について来て、生徒会室に転がるように現れたというわけだ……!

 心なしかエクシュが不満げな顔をしている気がする……! ご、ごめんよー!


「エクシュ―! い、一緒に頑張っていこうって言ったばかりなのにごめんね! あの、剣を持つ習慣が皆無で!」


 剣を抱きしめてその歯を撫でる私だけど、果たしてこれが正しい剣との接し方なのかは分からない。

 でも申し訳なさすぎて!


「何が何だか分かりませんが、それは剣だったのですか。てっきり変わった見た目のおもちゃかと」

 

 ヘンリーはいぶかしむような目でエクシュを見ている。

 初めて見た人にはほぼ確実に剣とは見抜かれないエクシュ。

 我が剣ながらなかなか不憫だった。


「うぐぅ、ま、まあ、それも否めないのですが……じゃなくて、否めないんだけど、一応剣! 名前はえくしゅかりばー!」

「伝説的な剣のパチモンか何かですか」

「わ、割とそういう感じかもしれない! ええっと、テルティーナ村で伝説を追うことになって──」


 私は当初の予定通りに、旅の話をヘンリーに語ることにした。

 もう最初から最後まで奇妙さたっぷりの話には、さしものヘンリーも驚きを隠せない。


 うん、冷静に考えると当学院の学院長様が神様って話からおかしいのに、そこからジェーンのお母さんの愉快さや、山の上にある謎の神殿、の中にある謎のこたつ、に入っていたら現れた謎の過去を語る鳥、が話す泉と剣の伝説、の謎解きを経て辿り着いた夢の中、で戦った大狼さん、が守っていたであろう泉、から現れた水没している女性、が持って来た剣、が今ここにある自動修復機能付き耐久力ゼロソード!……ってもうなんか色々妙ちくりんだもんね!

 まともな部分が一つもない!


 そんなとんこつラーメン油マシマシくらい濃い話を終えると、ヘンリーは考えるように指をトントンと机の上で跳ねさせる。

 やがて考えがまとまったのか、彼は拍手と共に感想を口にする。

 

「なかなか面白い話でしたが、少々カオスが過ぎますね」

「はい、もうカオスでした。でも、少々で済ませられるところはさすがヘンリーですね!」

 

 いくら私が嘘を付けないからと言っても鵜呑みにするのは憚られる内容だろうに、ヘンリーはそれを少々で済ませる度量の広さを見せてくれる。

 私がヘンリーの立場なら正気を疑っている内容だよ、本当に。

 特にこたつあたりが風邪の日の夢みたい!


「話を聞く限りではジェーンの地元というのは不可思議なことが起こりやすい場所のようですね。古くは他界と呼ばれた場所です」

「た、他界? 異界じゃなくて?」


 聞きなれない言葉に反応して、思わず言葉を繰り返してしまう私だけど、賢くて教え上手で優等生なヘンリーは無知な私に滑らかに解説をしてくれた。


「似て非なるものです。異界は世界の異なる場所を、他界は地続きの場所を指します。例えば、死者の魂が安息に過ごす場所が海の中にあるという話は他界、異なる世界で天使の類と共に永遠の安息を得るというというのは異界です」

「つまり、他界は歩いていける不思議な場所?」

「概ねその認識で問題ないです。テルティーナ村はそんなかつて他界だった場所に人が住むようになり、やがて薄れた幻想が夢のような世界に移動したのではないでしょうか? つまり、他界から異界へと不思議が移ったのです。あくまで仮説にすぎませんが、興味深い場所なのは確かですね」


 魔法学について詳しくない私なので、いまいち、よく分からないのだけど、ヘンリーから見ればあの村は魔法的に、或いは幻想的に面白い場所らしい。

 言われてみれば普通の場所であんなにいっぱい変なことが続くわけがないもんね!

 そもそも、おもしろおかしな村だったんだあそこは!


「さて、その剣ですが失くしてもすぐに戻ってくるからと言って、適当に放り出すのはいただけません」

「あっ、は、はい、それはもうその通りです……!」

「そもそも魔剣を手に入れた目的はそばに置いて『真実の魔法』軽減の一助にしようという話なので、肌身離さず持っていなければ意味がありません」

「た、確かにぃ~! 反論の余地がない!」


 エクシュを指差し私の不徳を注意するヘンリー。

 最初から私がヘンリーに反論できるとも思っていないのだけど、それにしても正論が完璧すぎて私はもう何も言い返すことが出来ない。

 そうだよね! 用途は剣じゃなくてアクセサリーとかなんだから、常にそばに置いておかないとだよね!


「ということで、これをプレゼントしましょう。どうぞ、受け取ってください」


 太陽のような笑顔を顔に浮かべながら、ヘンリーは机の引き出しから何かを取り出して、私の目の間にコトリと置いた。

 それは花の刺繍が施された華やかな剣帯だった。

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