その65 今しか見ないホムンクルス

「文字はマシューとルーシーに教えて貰った」

「なるほど、本屋に拾われたのは幸運だったかもしれないな」

「本に囲まれた生活のおかげできちんと勉強の下地が付いてたんですね! イブンは物覚えもいいですし、きっとすぐに基準値以上の成績を取れますよ!」


 イブンはホムンクルスなので、比喩ではなく事実として生まれたばかりみたいなものなのだけど、その割には見ての通り賢く、物覚えが良い。

 これは思考を読み取る能力のお陰なのではないかと私は思う。

普通の人より多くの情報を処理できる能力に優れているのかもしれない。

それにコピー魔法のために生み出された存在なのだから、学習能力に優れていないと話にならないというのもあるだろう。


つまり統括すると……イブンの可能性は無限大ということだ!

可能性の獣!


「うーむ、しかし、時期が悪いかもしれん」

「えっ、時期ですか?」


勝手に盛り上がる私たちをよそに、ナナっさんの顔は渋かった。

学院長としてこの件に問題点が見えているのだろうか。


「賢そうではあるが、問題は今がもう学期末も終わりということなんじゃよ。編入という形でもいいのじゃが、ゴリ押しで新学期に押し込むことも可能じゃから、なるべく早く試験を受けた方が良い」

「あっ! い、言われてみれば、もう休みも終わり際でした! えっ、き、期限はいつまでですか?」

「そうじゃな……限界まで引き延ばして二週間じゃな」


 ナナっさんの提示してきた期間は、彼の権限を限界まで活かしてなお、かなりの短さだった。

 に、二週間かぁ……正直言って、その……。


「む、無理っぽい!」

「素直に編入か来年を目指すべきじゃねぇか?」


 いくらイブンの吸収力が高いと言っても、さすがに二週間では一教科分の学習で終わってしまいかねない。

 グレンの言う通り、今すぐの入学は諦めるしかないようだ。

もうすでに学院で過ごすイブンの姿を思い描いていた私なので、かなりショックを受けるけれど、これはもう仕方ないことだと、自分に言い訳するように、私は諦めようとする。

そこに凛とした声が響いた。


「いや、やる」


 透き通るようなその力強い声は、イブンの口から発せられたものだった。

 早々に諦めた私と違い、イブンは何も諦めてはいない。

 いや、むしろやる気が出たと言わんばかりにファイティングポーズを取っているではないか!

 そう、そうだ、そうだった! 私の推しは諦めない人ばかりなんだ!

 ジェーンもお兄様もヘンリーもグレンも、重要なことをを簡単に譲ろうとはしない。

 その強い瞳の輝きに私は惚れたのだ。

 で、でもさすがに二週間は無茶過ぎるのでは……。


「記憶力はいい方だから」

「で、でもイブン、別に今すぐの入学を目指さなくてものんびりでもいいんだよ? 学校は逃げないんだから、半年後でも一年後でも大丈夫なんだし」

「一か月後なんて考えたこともない。今すぐできるならそれが一番に決まってる」

「うぐぅっ! か、かっこよすぎるぅぅぅぅぅぅう!」


 物事を先延ばしにしようとする己が恥ずかしくなるほどの真っすぐな言葉と透き通る瞳。

 イブンは何が起きるか分からない遠い未来より常に今だけを見ていた。

 その姿はあまりにも尊くて、私は跪いて彼の言葉に応える。


「お、仰せのままに!」

「なんで召使みたいになってんだよお前は!」

「イブンがやるというからには私には協力する以外の選択肢はないから……! から……! からから……!」

「しょうがないやつだなお前は……まあ、俺も、関わっちまった以上、多少の協力はしてやるが」

「さすがグレン! その半分は優しさで出来ているんだね!」

「残り半分はなんなんだよオイ」

「残り半分はイケメン!」

「調子のいいやつだな……」


 推しのしたいことを全力で応援したい私としては、イブンが今すぐにでも入学したいと言うなら、その協力は惜しまないし、惜しめない。

 というか、私としてもすぐにイブンが入学してくれるのは嬉しすぎる話なので、反対する理由もないのだけど。

 そしてグレンはもういつも通り優しすぎた。

 現状は魔法を少し教えた仲というだけなのに、それだけで縁を感じて協力してくれようというのだから、その優しさは天井知らずと言う他ない。


「俺が持ちかけた話だし、無論、協力させてもらおう」

「お兄様!」


 続いて声を上げたのはお兄様だった。

 考えてみればお兄様主導の話なので、責任感が強いお兄様がイブンを助けないわけはない。


「私も協力……いえ、あの、出来る学力がどうか分かりませんが、び、微力ながら頑張ります……!」

「じぇ、ジェーン! じ、自信を持って!」


 当学院きっての秀才ジョセフ・メーリアンの後では気が引けるのか、ジェーンは申し訳なさそうに手を上げて協力を申し出てくれる。

 ただ、お兄様はむしろ人に物を教えるのが苦手な部類の人なので、ジェーンのように分からない人の気持ちが分かる人の方がこの場合、向いている可能性も高い。

 だから、自信を持ってジェーン!


 私たちの協力的な姿勢を見て、イブンが少し驚いたように目を丸くする。

 そして引っ張ったままだった私の服の裾を更に引っ張った。


「いいの? お金は出せないけど」

「金より素晴らしいものを見せて貰ってますから!」

「何も与えてないけど、うん、まあいいや。じゃあ、あの、お願いします」


 ぺこりと頭を下げるイブン。

 こうして私たちはイブンの試験対策会を結成することになった。

 私としては推しを応援できればそれでいいのだけれど、お兄様からすればイブンが学院に入学してくれば仲間が増える、つまり『真実の魔法』軽減の一助となるという考えもあるのだろう。

 しかし、二週間という僅かな期間で果たしてどこまで出来るか……なかなか厳しい戦いになりそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る