その64 文字という魔法
「思ったより炎が大きくなったのでごめんなさいと言っておった」
「あっ、そうか! コピー魔法は相手の潜在能力で決まるから、イブンにはやってみるまでその規模は謎なんだ……!」
「ということは、グレンの秘めたる力は予想も付かないほどにすごいものということじゃな」
「だってグレン!」
「ほ、褒められたって嬉しくねぇからな! ……ちょっとしか!」
ちょっとは嬉しいらしかった。
いや、結構嬉しがってるな?
どうやらあの炎柱はグレンの計り知れない才能とイブンのコピー魔法とが重ねあって引き起った不幸な事故だったらしい。
幸い、運動場での魔法の使用は問題ないし、けが人もいないようなので良かった良かった。
「お姉さん、お久しぶり」
「ひゃっ!? い、イブン!」
いつの間にかに近くまで接近してきていたイブンが、背後から近づいて来て、私の服の裾を引っ張る。
子猫のような無邪気な表情でこちらを見つめてくるイブンだけれど、貴方のその銀色の瞳は人を狂気に誘う凶器なのよ!?
そんな無邪気に振り回されては体が持ちません!
「あんまりそのつぶらな瞳で私を見ないで! 発狂しちゃうから! 美しすぎて!」
「狂った人の意思は見てみたい」
「好奇心に火が!?」
興味津々で私の顔をジッと見つめるイブンに私はたじたじだった。
狂気すら糧にしようとするこの純粋無垢さが一番恐ろしいかも……!
「まあ、今はいいか。今日は学院を見に来た。マシューとルーシーに許可も貰ったし」
「ほっ……えっと、二人は古本屋の老夫婦のことですね」
マシューは髭を蓄えた体格の良いお爺さんで、ルーシーは細身ながら目つきの鋭い丸眼鏡のお婆さんのことを指している。
イブンの住んでいる古本屋を切り盛りしている夫婦の名前で、つまり、家族にも許可を貰ったので本格的に学院に通うために見学に来たということらしい。
「わぁ、イブンが学院に来てくれると当学院が更に更に更に更に彩られますね! 百花繚乱です!」
「まだ入学できるかは分からないとそこの子供に言われた」
すねるようにナナっさんの方を指差すイブン。
ともすればイブンも子供に見える容姿なのだけれど、イブンは小柄ではあるが百六十四センチあるので、さすがにナナっさんよりは大きい。
ナナっさんは百三十三センチという超子供な身長だ。
「子供ではないと言うに!」
「でも心の中もかなり子供」
「ナタ学院長、心の中までそんな感じなんですね……」
「謎の流れで儂の株が下がっておる!?」
子供扱いを受けたことを心外に思っているナナっさんだけれど、そのスタンスとしては幼い見た目は自慢だけれど、子供扱いは嫌という複雑なもののようだった。
でも、乙女としてはすっごい分かるかも……若く見られたいけれど子供扱いは嫌だもんね。
私も背が低く、子供扱いを受けることは多いので、心底共感できた。
中身まで子供なのは……まあ、ナナっさんだからそういうこともあるよね!
それに精神って見た目にかなり引っ張られるってⅤtuberの人が言ってた記憶あるし!
「あれだけすげぇ魔法使えるのに入学できないのかよ。学院長」
「魔法は確かに合格ラインを楽々超えておるが、そもそも当学院は魔法さえできれば誰でも入学できるわけではないのじゃ」
「魔法絶対基準だと私が受かりませんからね!」
「ああ、そういえばお前、魔法全然使えないんだったか」
自分の魔法を真似られたことで親近感があるのか、それともそれを見た上で入学の許可が下りないのは自身の沽券に関わるからなのか、グレンがイブンを庇うように追及するけれど、そう、この学院は魔法が出来れば入れるというものではないんです。
グレンの言っている通り、私は前世の記憶のせいか魔法が殆ど使えないのだけど、この通り学院に入学できている。
それはメーリアン家という家柄の力もあるのだけど、もう一つの理由は普通に勉強したからなのだ。
「入学試験に受かる程度の知識はあって貰わないと、そもそも指導という領域に達せられないというのが儂の考え方じゃ」
「教わる方にも教わるだけの最低限の能力が必要というのは、分かる話ですね」
当学院で最も優秀と思われるお兄様は、ナナっさんの教育理念に賛同している。
学校というのが、多くの人間にものを教える場である以上、親切丁寧にイチから、いやゼロから全て教えるというのは非効率過ぎて時間がいくらあっても足りない、というのも理由にありそうだ。
「ジェーンだってきちんと試験を通っておるしな!」
「大変でした……今でも大変なんですけど、あの頃が一番大変でした」
「頑張ったねジェーン……!」
魔法において抜きんでた実力を持つジェーンであっても、試験は通常通り行われたらしい。
ナナっさんの勧誘という形で入学して来ているのに、その上で試験を免除にはしないというのは、さすが学院長様、公私混同はしていない。
つまり、イブンについても手心を加える気はないということだ。
「イブン、勉強はどれくらいできる?」
お兄様が尋ねるとイブンは手で何かをめくるようなジェスチャーをしつつ応える。
「文字は読める」
「なら大丈夫だな」
「言うほど大丈夫か!? 最低限度だろそれは!」
グレンはそうツッコんでいるけれど、私の意見としても文字が読めるなら大丈夫というのは同意できる。
何故なら、文字を読むことは全ての基礎だからだ。
「赤猿にも分かりやすく説明してやる。文字が読めることと、読めないことの差は大きい。文字が読めれば大抵の勉強は本を読むことで独学でも追いつけるが、文字が読めないとまず文字を覚えるところから始めなければならないからだ。そもそも人類がここまで発展したのは文字という発明があったからこそだと俺は思う。口頭では実現できない知識の継承を文字という媒体と使うことによって、より深く濃い密度で可能になっているからこそ、過去の知識をもとに新しい知識を積み上げることが出来る。これは『巨人の肩の上に立つ』と表現されるのだが──」
「あー分かった分かった! つまりイブンは文字が読める分アドバンテージがあるってことだな?」
お兄様も興が乗ったのか、楽し気に話しているけれど、つまるところ、文字が読めれば勉強速度が段違い!ということだと思う。
だからこそ文字が読めること、識字の教育を受けられることに感謝しなければならない……というのは前世ではまるで思わなかったけど、この世界に来て、私が深く感じたことだった。
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