その59 第三の山

「お母さん、これあげる」

「あら、娘からプレゼントなんて嬉しい……わ? なに、その白い円柱。ごめんなさいお母さんの目がおかしいのかもしれないけれど、獣の牙に見えるわ」

「あってるよ。あげる」

「……神様、娘から牙もらった時、どんな顔すればいいと思う?」

「笑えばいいじゃろう」

 

 ジェーンは自室から牙を風魔法で軽くしつつ持ち上げ、母に手渡すという暴挙に出ていた。

 娘が部屋から起きてきたと思ったら、大きな牙を小脇に抱えていて、それを自分にプレゼントしにきたらそりゃあお母さん驚くよ!

 驚くっていうか、娘が心配になるよ!


 ジェーンとしては、自分の失敗の象徴たる牙をこれ以上見ていたくなかったのかもしれない。

 だとしてもすごいことするなぁ……。


「母は変なもの好きなので、あれでも喜んでるんです」

「とてもそうは見えないよ!?」

「まあ、娘からの贈り物なら例えゴミでも嬉しいのは事実ね」

「あっ、それは分かります!!! 私もジェーンから貰えるもの全て家宝にします!」


 推しから貰えるものは風邪でも大切にしたい私である。

 牙なんて超飾りやすいので、むしろ欲しかったくらいだ。


 ……待てよ? 風邪はむしろ率先して貰いたいものなのでは?

 ああ、でも、風邪を移すシチュは結構恋愛の王道なので私程度が貰うには不遜すぎるかもしれない!

 風邪は攻略対象たちに譲るしかないか……。


「あ、あの、家宝はさすがに……」

「メーリアン家の家宝はクソみたいなものばかりだから、ジェーンから貰えれば多少はマシになるかもしれないな」

「目に宝石埋め込んだドクロとかありますもんね当家」


 基本的に悪趣味なものしかないメーリアン家なので、ジェーンから何か貰えるのなら、それはさぞ和むことだろう。

 冗談でなく、結構アリな話かもしれなかった。


「それで、その牙はどうしたんじゃ? というか、ラウラウの持っとるそれは……け、剣であっておるか?」

「剣です! 一応! ギリギリ! もしかすると! 或いは! ともすれば! きっと! 剣です!」

「どんどん自信が失われておるではないか」


 言えば言うほど剣かどうかあやふやになっていく私だった。

 でもきっと剣なんです!


 こうして手に持っていると全く剣に見えてこないので、もはや剣と呼んで良いのか我ながら分からなくなるのけれど、剣だと思います!

 ……本当かな、これ本当に剣かな?

 もう板って呼ぶべきかな……すぐ割れるしプレパラートでも可。


「これはえくしゅかりばー、縮めてエクシュです! 伝説の剣を求めた挙句、夢に辿りついて、最終的にこれが手に入ったんです!」

「ほう、夢か……あー、そういえばそんなのもあった気がするのう。確かその人にとって最も相応しい剣を渡すはずじゃが……さすがにそんな剣が出てくるのは初めて見たかもしれん」

「ま、まあ、もういいんです! どうやら色々な理屈で私にはこれが相応なようなので! 私はこれと生きていきます!」


 そう、もう私はこの剣?とともにやっていくって決めたんだ!

 いつかみんなを見返そうねエクシュ!

 まずはランニングから頑張ろう!


「まあまあ、話は朝食を食べながらにしなさい。超気合入れて作ったから、破裂するまで食うのよ!」


 痩せ細った子を太らせて帰すというお菓子の魔女みたいな趣味を持っているジーナさんは、今日も今日とて山盛りのパンをカゴに詰めて持ってきた。

 輝くようなその生地は、食欲を大いにそそるけれど、同時に圧倒的な量によって、食欲がどんどん薄れていく。


 た、食べたいのに食べるのが怖い!

 この新たな矛盾はなに!?

 そんな動揺してしまうほどに、そのパン山は巨大だった。


「お兄ちゃんには特に食って貰わないとねぇ」

「はい、食べます」

「家主の言葉に従うのは良い礼義だと思いますが、破裂しないでくださいねお兄様!」

「少しくらい破裂しても回復魔法を使えばセーフと思わないか?」

「思いません!!!!」


 あまりにも律儀なお兄様を宥める私だけど、お残しが良くないことは同意見である。

 それに、ジーナさんが、顔の良い女性が、ジェーンのママが! 気合を入れて作ってくれたパンである。

 それを残していてはオタク失格というもの!

 コラボカフェの食べ物はどんな量でも食べきって見せる!


 お兄様に負けてはいられないと、私もパンの山を登頂すべく、がっしりとパン岩壁を手で掴む。

 すると、ずっしりとした感触が手に伝わってきた。


 うっ、重たい! 

 軽くて小さなパンがいっぱいあるんじゃなくて、しっかりしたやつが山盛りなのか!

 もはやこれは小山ではない……エベレスト級のパン山、かつては人類未到の地!

 こ、これは……逆にやる気が出てきたかも!

 

「あ、あの、お二人とも無茶はなさらないように」

「ううん、やらせてジェーン! ここで引いたらメーリアン家の名折れ! まあ、メーリアン家の名は既に……折れてるんですがね!」

「はっはっは」

「いや、どんな笑いじゃ! というか、ジョセフが笑うのを初めて見てしまったぞ」


 メーリアン家にのみ通じる爆笑自虐ギャグを交えつつ、食卓は賑やかに、そして豪勢に進む。

 敵は強大にそびえるパンの山脈、パン脈だが負けるわけにはいかない……メーリアン兄妹の名にかけて!


 数分後――そこにはお腹を丸くして机に突っ伏すメーリアン兄妹の姿があった。

 む、無念!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る