その58 夜明けておしまい

 信じられない気持ちで牙を眺める私だったけれど、その時、不思議なことに気付いた。

 ピカピカと輝く牙が、背後の方から強い光を受けて反射し始めたのだ。


 光につられるように振り返ると、夜の闇を祓うような強烈な光が森の奥から迫り上がって来ているのが見て取れた。

 その光によって、星々は姿を隠し、空は白じんでいく。

 どうやらこの夢の世界に、ついに太陽が登ってきたらしい。


「ら、ラウラ様! 牙を掴んでください!」


 焦ったようなジェーンの言葉に、私は反射的に従い、牙を抱き締める。

 推しの言葉には考えるまでもなく従ってしまう悲しきオタクのサガ!

 そう、推しとは思考ではなく嗜好、ハートなのである。


「至高の嗜好なんだよねぇ……」

「あの、ラウラ様、体が透け始めています!」

「アホなこと言ってる間にそんなことに!?」


 自分の両腕を見てみると、確かにゆっくりと透明になりつつあった。

 結構恐ろしい事態なのだけど、慣れというのはすごいもので、もはや透明になる程度では恐れもしない。

 まあ、目覚めているだけだろうしね。


 ジェーンはこのことに気付いて、すぐに牙は確保するように言ったのだろう。

 持ち帰れるかどうかは結局分からないのだけど、試す分には試さないとね!



 私同様、ジェーンとお兄様の姿も透けつつあり、透明の推しってアクリルキーホルダーみたいだな……とか考えていたら、やがて、私は眠るように意識を失った。

 等身大アクリルホルダー……ありだな。



 ★



「ぐへぇっ! お、重い!」

「だ、大丈夫ですかラウラ様!?」


 目覚めると私は二つの牙に押し潰されていた。

 森で持っている時は地面に落ちたものを抱きしめる形だったけれど、寝るときに仰向けで寝る私なので、牙が上になってしまったのだ。


 ゆ、夢から持ってくることには成功したけど、後先考えなさすぎた!

 猪の牙を抱き枕にして寝るのはさすがに野生の森ガールが過ぎる!


 私はジェーンに助けられながら、牙を横に退けて、なんとかベッドから起き上がると窓の方へ視線を向けた。

 カーテンから漏れてくる日の光は、私に朝の始まりを告げる。

 どうやら、無事夢から脱出できたらしい。

 もう最後はわちゃわちゃすぎた。


「すいませんラウラ様、私が変なことを言ったせいで」

「ううん、いいのいいの。それに、これで魔法反射なんてとんでもない物が手に入って万々歳だよ!」

「ええっと、それなのですが……その、牙の輝きが薄れている気がします」


 申し訳なさそうに言うジェーンの言葉通り、確かによく眺めてみると、牙はその輝きをぼやけさせていた。

 夢の中ではあんなにキラキラ輝いていたというのに、今は普通の牙に見える。

 ……普通の牙、見たことないんだけどさ!


「ちょっと試してみます。『指先1つで後先無し、デコピシュ』」


 可愛らしい詠唱から繰り出されるのは、小さな風の塊で、その威力はとても弱々しく見える。

 そんな魔法が牙へ向かって行きぶつかると……そのまま少し傷を付けて、風は離散した。


「あれぇ!? 反射しない!?」

「夢の中だけの特性だったのかもしれません……も、申し訳ありませんラウラ様! 無茶なことをお願いした挙句、こんなことになってしまって!」


 夢は夢のままにということだろうか、牙はこの世界ではどうやらただの大きな塊に過ぎないらしい。

 私はそのことに驚きはしたものの、残念には思わなかった。


 なんというか、そんなに美味しい話があるはずないと常に心のどこかで思っているせいかもしれない。

 私は日々ネガティブなので、期待を裏切られても、然程気にならないのだ。

 

「いやいやいや! 謝らなくても大丈夫だよジェーン! 私は全然気にしてないし……あっ、じゃあえくしゅかりばーは!?」


 慌てて私が当たりを見渡すと、えくしゅかりばーは足元にまるで鉛筆みたいに落っこちいていた。

 い、威厳がない! 伝説の剣としての!


「ええっと、えくしゅかりばーさんももしかすると特性が変わっているかもしれません。試してみた方がいいかと」

「そういえばそうだね。でも、エクシュの特性ってなんなのかな……」


 小枝を斬ろうとして大破することもあれば、猪の牙相手に、感触がないほどの斬れ味を見せることもある。

 いや、待てよ? そういえばあれは日の光が登る直前の話だから……。


「そうだ! 朝が近づいていたことで、この駄目駄目ソードの斬れないという特性が弱まって本来の力を見せたという推理はどう!? それなら、現実ではすっごい武器って可能性も!」

「あ、ありそうです! 試してみましょう! えっと、この鉛筆使ってください」

「よっしゃ! えくしゅかりばー! その力を見せよ!」


 私は意気揚々と、えくしゅかりばーをジェーンの手渡してきた鉛筆に当てる。

 そして力を込めると……!

 パリィィィイイイインという音を響かせて大破した。


「えくしゅかりばああああああああ!?」

「あっ、でもすごいですよ。直ろうとしてます」


 現実に帰ってきてもエクシュの耐久力はクソザコの極みだったけれど、同時に自動修復機能も失われてはいなかったようで、破片となったその身は、刻一刻と直りつつある。

 これで修復機能だけが損なわれていたら、もう酷すぎるので、ぎ、ギリギリセーフ。

 首の皮一枚繋がった!


「エクシュは別に変化してないみたい! ちょっとは変化してもらっても一向に構わなかったけどなぁ!」

「そうですね……でも、最後の斬れ味は一体?」


 なんだか大きな疑問が残ってしまったけれど、こうして夢の世界の冒険は、鶏の声を共に終わりを告げた。

 

 今回の冒険で得たのは……この落書きソード!

 武器としては失格だけど、アクセサリーとしては……やっぱり失格!

 それでも魔剣ではあるので、役には立つはず!

 よって、冒険は成功と言えた……た、多分、きっと、メイビー。

 

 

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