その55 ナイトな何人いても良い

 空の闇は深く暗く、まだ朝の兆しも見えないけれど、私も、そしてジェーンも何かを待つことを苦にする性格ではない。

 インドア派な2人なので、むしろジッとしている方が性に合っている。

 そんなわけで、私はジェーンと2人、泉のそば座り込んで、膝を突き合わせて、ぼんやりと泉を眺めていた。


 かつての友達未満推し以上の関係性では無言は苦痛でしかなかったけれど、今は同じ部屋で過ごした仲だけあって、無言も苦ではない……。

 ないのだけど……私が無言でいられない体なので、話すほかない!

 静かな時間を過ごせないくてごめんねジェーン!


「そういえばジェーンも、この剣のことを考えて寝たんだよね? だったらもしかするとこの剣、ジェーンのものな可能性ないかな?」

「ないとは言い切れませんが、私には到底想像もつかない剣ですし、泉の精から直々に渡されたのなら、やはりラウラ様の剣だと思いますよ」

「だよねぇ……」


 自分で言っててなんだけど、ジェーンにこのおもちゃみたいな剣が似合うとは到底思えない。

 ジェーンはもっとちゃんとした聖剣を持つ日がきっと来るだろう、きっと。


「それにしても可愛い剣ですね。えくしゅかりばーさんでしたっけ、ラウラ様にぴったりです!」

「その可愛いって子供の絵に可愛いって言うのと同じで、子供らしくて、という前提が付く可愛さだよね?」

「いえ、ラウラ様らしくて可愛いのです」

「私=子供の方程式がいよいよ成り立って来た……?」

「ラウラ様は大人の女性ですよ! 私の方が子供っぽいですし」

「自分で言うのもなんだけど、大人らしさはゼロだよ私!」


 悲しい自虐を交えつつ、ジェーンと楽しく話して、暇を潰す。

 会話が苦手な二人ではあるのだけど、私とジェーンは不思議とウマが合うのか、それとも魔法のせいで私の口が止まらないからなのか、会話に苦労することはない。


 そんな感じで話すこと数十分。

 話題はどんどん飛んでいき、剣から可愛さへ、可愛さから子供へ、子供から幼少期の話に、幼少期の話から両親の話になり、両親の話から早口言葉の話にまで飛んで、ジェーンと私が噛みまくっていた時に、それはやってきた。


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 森に響き渡るような獣の鳴き声。

 それは遠吠えにも似ていたけれど、明らかに声の質が犬系の生物とは異なっていた。

 その吠えは、もっと大きくて、もっと重たい生物のもの。

 例えば、そう、猪。


 音のする方へと、ジェーンと一緒に釣られるように振り返ると、バキバキと木々を薙ぎ倒しつつ、巨大な猪が姿を表す。

 尻尾の先から鼻の頭まで、墨汁に浸したように真っ黒な大猪さんは、森の闇に溶け込むように、鼻息荒く森と泉の狭間に立っていた。

 その漆黒の体で唯一爛々と輝いているのは、月のように歪曲し、月の光を反射する、長い長い牙だけだ。

 特徴的なその牙は、如何にも殺傷能力の塊で、見るものを威圧する。


 ――そ、そうだった! この森、超危険なんだった!

 大狼さんに出会って以降は、ここまでまるで危険な存在には出会わなかったせいで、すっかり忘れてしまっていた。


 ジェーンも平穏な空気の中で急に現れた黒い侵入者には驚いたようで、一瞬の静寂が流れる。

 しかし、即座に気を取り直したジェーンは、立ち上がり、大猪さんを睨みつけた。


「ラウラ様、後ろに!」」


 私を背後に隠すようにして、ジェーンは大猪さんの前に立つと、詠唱を開始する。

 猪を恐れもしないその態度。

 もしかすると、ジェーンは村育ちによって森の獣には慣れっこなのかもしれない。


「『パッと咲くは華! サッと散るは貴方! ウィングラングフラッシュ!』」


 狼さんを撃退した時とまったく同じ魔法を、ジェーンは大猪さんに向かって放つ。

 その威力は折り紙つきで、狼さんを一撃で撃退した実績がある。

 何よりかっこいい! かっこ良ければかっこ良いほど威力が高いのがファンタジーってもののはず!


 放たれた緑色の丸い光は、大猪さんの頭部に向かって高速で接近し、やがて直撃! 

 ……するかと思われたけれど、寸前でなんと大猪さんは自らの牙でその光を受け止めると、頭を大きく振り、こちらに向かって光球を跳ね返してきた!

 まるでテニスのリターン!

 す、すごいことするね猪さん!?


「ま、魔法を反射する牙!? そ、そんなのありですか!?」

「ええええええ!? ま、まずい感じ!?」

「まずいです! 伏せてください!!!!」


 どうやら大猪さんの牙は特別性だったらしく、予想だにしない事態にジェーンは慌てて、そして咄嗟に私に向かって飛びついてきた。

 こちらを抱きしめるようにして、一緒に地面に伏せるジェーン。

 さすがの私も推しの感触を感じる暇が無いほどの危機的状況に、身が震える。


 やがてやって来るであろう轟音と激しい光を予想して、私は思わず目を瞑った……けれど、その時、聞こえてきたのは轟音ではなく、低く、そして冷たい男性の声だった。

 私はその声を知っている。

 そして、私がそのイケボを聞き間違えるはずがない!

 それは――お兄様の声だった。


「『起き上がれ土壁、巻き上がれ砂煙、汝は意志を持ついわなり……タイタロムターロス!』」

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