その56 お兄様はレベチ

 地面に付いた私の手の平が、お兄様の詠唱と共に揺れ始める。

 超かっこいい詠唱に感動して涙ながらに震えた!!! 

 ――わけではもちろんない。

 揺れているのは地面そのものなのだから。


 振動と共に地面からせり上がって来たのは堅牢な土壁で、前方に差し迫る暴風の緑球を受け止めると、砂塵を散らしながら球の勢いを削っていく。

 やがて、完全に風は収まり、後には丸い形に凹んだ壁があるばかりだった。


 お、お兄様の生詠唱! 生魔法! 生壁!!!!?

 お宝映像すぎない!?

 この壁削って部屋に飾れないかな!? 駄目!?


「ラウラ、ジェーン、無事か?」

「お兄様お兄様お兄様! いくらなんでもこれはイケポイント稼ぎすぎですよ!!!! えー!? こんなイケメンなことありますか!? いやない! あるわけない! でもあり得るのがお兄様なんです! もうヤバすぎて……死ぬ……死んじゃいます私……だって、心臓の鼓動がすごいことなってますもん! ちょっとした和太鼓よりドコドコしてるんですよ!? お兄様の杖はもうバチです!??」

「死ぬなラウラ。折角助けに来たんだからな」


 お兄様はスタスタと歩いてこちらにやって来つつも、大猪さんへの睨みは忘れずに、杖を片手に牽制するように私たちと大猪さんの間に入る。

 この流れるようなイケ行動……これがヒーローなんだ! すっごーい!


「じょ、ジョセフ様! 夢の世界に何故!?」

「あっ! そういえばそうだ! どうしてですかお兄様?」

「ああ、謎かけの答えが夢であることには、寝る前に気付けたんだが……ただでさえ寝るのが苦手なのに、剣について考えながらとなると難易度が高くてな、時間がかかってしまった」


 さすがはさすがのお兄様、謎かけの答えにはしっかり辿り付いていたらしい。

 まあ、私が思いつくことがお兄様に出来ないわけないからね!


 けれども、万年寝不足で日々勉学と夜更かしに励むお兄様は睡眠が大の苦手であり、この夢の世界に辿り着くのは私たちより遅れてしまったようだった。

 なんとお兄様らしい理由だろうか。


「それでラウラ、その手に持ってるのは………………なんだ?」

「あっ、えっと、剣です! 伝説の剣! えくしゅかりばーと言います!」

「…………………………そうか」


 長い長い沈黙を挟んで、お兄様は色々と言いたことを飲み込み、えくしゅかりばーを文句ひとつ言わずに受け入れる。

 すごい胆力だ……常人ならこのツッコミどころしかない剣に何か言わないと絶対に気が済まないところなのに!


「とりあえず、あの猪を倒せばいいのか?」

「それはもう!」


 大猪さんはまだこちらを睨んでおり、突如現れた強敵お兄様をじっと観察しているところだった。

 躊躇なく突撃しないところが逆に怖い。

 きっと背を向けたらその時こそ襲いかかってくるのだろう。


「分かった。ジェーン、後ろから牽制を頼む」

「は、はい!」


 お兄様は何の躊躇いもなく、大猪さんの方へ向かっていくと、痺れを切らした大猪さんも、お兄様の方へ突撃してくる。

 その速度も大きさもまるでトラックのような勢いがあった。

 こ、このままではお兄様が異世界転生してしまう!


「『伸び上がれ緑の友よ、巻き上がれ小鳥の罠よ! リングレングリーン!』」


 私の心配などなんのその、ジェーンの詠唱に従って、大猪さんの足元から蔦が伸び上がり、その四つ足に絡みつく。

 大技では跳ね返されると見るや、妨害に打って出るジェーンはなかなかの戦上手だった。


 大猪さんは足を取られて転んでしまい、土煙を上げながらその巨体を倒れ込ませると、お兄様はその大きな隙を逃さずに詠唱を開始する。


「『貫くは黒槍、天突くは紅の煌めき、穴開くは愚鈍なる汝! ヴァンドルランス!』」


 またもや地面が揺れ始め、迫り上がって来たのは……何十本もの真っ黒な槍だった。

 お兄様は地面系の呪文が得意なのだ。

 ちなみにジェーンは植物や風。

 

 黒い槍は大猪さんの体を貫き貫き貫き貫き貫き、全身を穴だらけにすると、血飛沫と共に、その槍を赤く染める。

 まさに詠唱通りの恐ろしき魔法だった。


「やっぱりジョセフ様はすごいです……い、いえ、前からすごいとは思っていたのですが、想像を超えてました」

「だよね! お兄様はなんと言ってもお兄様だから!」

「それでは何の説明もなっていないだろラウラ。これくらい出来ないと、夜更かしの意味がないからな」


 お兄様は涼しげにそう言って見せるけれど、その努力が並外れたものなのは誰が見ても明らかだった。

 そうじゃないと、あんな魔法使えないもの!


「ありがとうございますジョセフ様、助かりました」

「誤算があったようだが、何かあったか?」

「魔法を跳ね返されてしまって……あの、ちょ、調査してきます!」

 

 ジェーンはお兄様に深々と頭を下げると、そそくさと動かなくなった大猪さんに恐れもせずに近寄り、その牙をじっと観察し始める。

 月の光に浴びて艶々のその牙は、ジェーンの風魔法を跳ね返すというとんでもない真似をしてみせた。

 研究熱心なジェーンとしては、それが気になるのも当然の話だろう。


 私は私でお兄様に色々話しておかないといけないことがある。


「お兄様、ここまで色々あったんです! 聞いていただけますか?」

「ああ、むしろ話して貰わないと困る。お願いしよう」

「では話します! まず、ジェーンと一緒にベッドに入る前、急に夢に思いついて、咄嗟に剣を想像しやすいように絵に書いたのですが――」


 私は夢に入るまでの経緯と、夢の中での冒険をお兄様に話す。

 夢だけあって荒唐無稽なところが多い上に、特に泉のパートは謎がすぎるのだけど、お兄様は無言で頷きながらしっかりと話を聞いてくれた。


 そして私の話が終わると、開口一番、お兄様はこう言った。


「ラウラらしい剣だな」

「お兄様もそう仰いますか!? じぇ、ジェーンにも言われたんですよ!」


 えくしゅかりばーは誰の目から見ても私らしい剣らしい。

 そ、そんなに? どのへんが? やっぱりデザイン!?

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