その54 ヒロインのほっぺは餅のように伸びる



 あまりの謎な展開で疑問符を浮かべたままフリーズしてしまったジェーンに、私はかくかくしかじかと、これまでの流れを説明した。


 急に霧が出た後、泉からお姉さんが顔だけ出して現れたこと。

 そのお姉さんことニムエさんが剣を渡してくれたこと。

 その剣が寝る前に私が描いた落書きだったこと。

 しかもそれが伝説の剣だったこと。

 そして剣にはえくしゅかりばーという残念な名前がつけられたこと。

 残念さは名前だけでなく枝に耐久力で負けて割れてしまったこと。

 でも、一応自動修復機能はついていたこと。

 最後に、捨てても戻ってくる呪いの装備にも似た性能なこと。


 ……自分で言ってて思ったけれど、まともな部分が何一つない!

 御伽噺にはこういった意味不明なものも多いけれど、それに似ている気もする。

 もしくは児童文学にありそうな感じ。


「伝説とは人の想い、故に伝説の剣とは想いの剣ですか……得心しました。なら、きっとこの剣は良い剣だと思います」

「ニムエさんも良い剣だって言ってたけど、どのへんが良い剣か私には全く分からないよ!」

「ラウラ様の想いが剣になったのですよね? つまり、良い剣です。清い剣とも言います」


 ジェーンの言葉を聞いて私は気付きを得る。

 つまり、良い剣とは剣が良いという意味ではなく、良い子の剣みたいな意味合いで言ってるの!?

 子供っぽいという意味では確かに『良い子の剣(ぼんやり光る、音がなる)』とかありそうだけど!


「もっとかっこいいのが良かったなぁ」

「剣であって人を斬らずなんて、実にラウラ様らしいですし、これで良いんですよきっと。それに、ラウラ様、魔物を沢山倒せる剣を手にしたとして、扱いきれますか?」

「そ、それは無理かも……」

「私としては、ラウラ様にはあまり戦って欲しくはありませんので、可愛らしい剣のようで安心しました」

「そっちが本音だねジェーン!? わ、私だってランニング頑張って強くなってみせるよ!」

「ふふふっ、はい、頑張ってください」


 完全に子供扱いされている私。

 そりゃあ、こんな剣を握りしめていたらそう思われるのも仕方ないのだけど。

 剣の落書きした紙をハサミで切って手に持ったような絵面だもんね……幼稚園かな?


 でも、悲しいことにジェーンの言うことは全てその通りで、私が戦える剣を授かったところで、十分に扱いきれるとは思えない。

 むしろ、重い剣ではきちんと振れるようになるまで2年ほどかかりそうだ。

 それでは学院を卒業してしまう!


 そう考えると、この軽くて斬れない剣は、剣でありながら安全な剣であり、未熟な私にぴったりと言えばその通りなのかもしれなかった。


「ちゃーんと魔力は詰まっている剣のようですし、きっと『真実の魔法』軽減の一助となりますよ。魔剣探し、目的達成ですね!」

「あっ、そういえばそれが目的で剣を探してるんだった。よ、良かったのかなぁ?」


 どこか釈然としない気持ちはあるけれど、一応、魔剣を私のそばに置いて『真実の魔法』軽減に使うという目的は達成されているらしい。

 本当に釈然としないけれど!


「良かったんです! それでは帰るとしましょうか! ……えっと、あれ、帰り方って、ラウラ様分かります?」

「えっ!? 全然分かんないけど、じぇ、ジェーンも?」

「はい……ゆ、夢から目覚める方法ってなんでしょうか?」


 ここに来て予想だにしないピンチが私たちの目の前に立ちはだかる。

 夢から目覚められないというピンチが!


 はたから見れば、どこか笑ってしまうようなピンチだけど、実際は結構な恐怖である。

 夢の世界から出られないというのは、ホラーでも定番のやつだし、何より、対処方法が思いつかない。


「ほ、頬をつねるとか?」

「やってみます! ……め、めひゃめひぇまひゅか?」

「超可愛いけど! 目覚めてはない!!!」


 自分の右頬をつまんで、にゅいっと引っ張るジェーンの顔は、めちゃくちゃ伸びるし、めちゃくちゃ柔らかそうだし、もうもうもうもうもう可愛さの権化なポーズでもうもう言いすぎて牛になってしまうくらいなのだけど! 残念ながら、目覚めてはいない!

 そういえばヘンリールートでは、ヘンリーがジェーンの頬を引っ張るシーンがあったなぁ。

 女性向けだとたまにあるよねヒロインが頬を引っ張られてムニムニされるやつ。

 

「じ、自動的に朝になれば起きるって線はありませんか?」

「一番ありそうだと思う! それと、今思い出したんだけど、泉の精のニムエさん曰く、死ぬほどのダメージを受けると勝手に起きちゃうらしいよ」

「その案は却下ですね。却下中の却下、却下繚乱です。念入りに言っておきますけど、絶対にやらないでください! やろうとしたら、起きるのではなく怒ります!」

「は、はいぃ……」

 

 百花繚乱ならぬ却下繚乱で自死による夢の世界からの脱却案は却下されてしまった。

 もちろん、やろうとは思っていなかったのだけど、ここまで全力で拒否されてしまうとは……鬼を滅する刃さんでも主人公がやっている由緒正しい方法なのに!


 そうなると、もはや私たちに自発的に夢から目覚める方法はないわけで、時を待つほかない。

 そう、この夜の森に朝の光が差すその時を。

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