その52 剣というにはあまりにも
「じぇ、ジェーン!? 大丈夫!? ど、どこにいるの!?」
霧に向かって叫ぶ私だけど、返ってくるのは森にこだまする私の声だけで、鈴のようなジェーンの声は聞こえてこない。
ほ、本格的にマズイ事態に……。
まさかまさかの遭難パート2!
遭難なんてレアなものが数十分ぶり2回目の登板になるだなんて……遭難のヘビロテがすぎる!
もっと海難とかも入れてバランス取らないと????
「こ、こういう時は無闇に動くのが危ないから、その場にうずくまってるのが一番!」
私は全力でパニックになりつつも、微かに得た遭難知識からその場に留まることにした。
それに、ここは水辺。
水の中に落ちてしまうともう本当にパニックのまま沈みかねない危険があった。
別に泳げないわけではないのだけど、着衣水泳というのは泳げるかどうかに限らず大変難しいものなので、私の体力では数分と持たないだろう。
そんな諸々の理由で私は動かないのが一番だと思ったのだ。
それにじっとするのは得意な方だから、苦にもならない。
何故なら、時間というのは考え事をしていればすぐに過ぎていくから。
普段はそれが恨めしいのだけど、今はだけはありがたがろう。
さて……推しの足のサイズでも考えるか。
「あらー、貴女、そんなところでうずくまって迷子ー?」
グレンの足のサイズは大きめに27あたりではないかと考えたところで、背後から透き通った声が聞こえきた。
驚きで肩がばね仕掛けのように弾み、私はその反動で振り返る。
振り返った先にいたのは……真っ白な美しい女の人で、そして、その上半身は水に沈んでいた。
沈んでいたって……よ、要救助者!?
「えー!? 溺れてるー!?」
「溺れていないわ〜。これはね、半身浴よ〜」
「全身浴では!?」
のほんと現れたお姉さんは、泉の中から顔だけを出してニコニコとこちらを見つめている。
とんでもない体勢だろうに、お姉さんは余裕綽々というか、とにかく緩い空気を全面に出している。
いや、あの、ど、どういう状況!?
ジェーンを霧で見失ったと思ったら、白いお姉さんが水面から顔だけ出してるんですが!?
何が起きているんですか!?
「私、この泉の主、ニムエよ〜 よろしくね〜」
「あっ、い、泉の主さんでしたか! お邪魔していますラウラ・メーリアンです……!」
「主っていうか、泉そのもの〜? 泉の精〜?」
戸惑いつつも自己紹介されると咄嗟に返してしまうのが、コミュ障のサガというもので、超怪しい存在に名前を教えてしまった。
ここが令和の日本ならお父さんお母さんに怒られているよ私!
そして、のんびりと自己紹介をしている今も、絶賛水没中の不思議な彼女の名前はニムエさんと言うらしい。
泉の主や泉の精と称される存在のようだ。
泉の精ということはもしかすると……せ、聖剣を渡してくれるという『湖の乙女』さん!?
さっきそれについて考えてたばかりなのに、まさかすぐに会えてしまうなんて!
しかも顔だけ会えてしまうなんて!?
た、確かに湖の乙女が描かれるものでは、水中から腕だけが伸びているものが有名なのだけど、それを踏襲して顔だけ出しているの?
あの、結構なホラーなんだけど!
夢に出る! いや、これが夢か!?
怖いのは間違いないのだけど、同時に高揚感もある。
会えて嬉しいという気持ちが、ニムエさんの顔を見ているとぐんぐん登ってきた。
そう、ニムエさんは……顔が良い! 顔が強い!
「お会いできて嬉しいです! あっ、じゃなくて、あの、友達を見失ってしまったのですが、知りませんか?」
「多分、そこらへんにいるんじゃないかしら〜?」
「適当過ぎませんか!?」
「この霧は〜、人と人との距離を遠くに見せるけど実際は近くなのよ〜」
「近くて遠い……二次元キャラみたいなものですね?」
「わかんない〜」
ゆるーく色々教えてくれるニムエさん。
その言葉はやや抽象的だった。
つまり、ぱっと見は近くに誰もいないように見るけれど、実際はそばにジェーンもいる……ということなのかな?
距離をあやふやにさせる幻惑の霧。
これも剣を守るための試練というところか。
「じゃあ、ジェーンは無事ってことですね?」
「多分〜? 無事じゃなくても自分の体に帰るだけ、目覚めるだけだから〜」
「あっ、やっぱりそういう感じなんですね!」
ニムエさんの話を聞く限りでは、この世界がどうやら夢に近いものなのは間違いないようだった
体に帰るという言い方的にはやはり意識だけこの世界に来ているのだと思う。
すっごいスピリチュアルな話だなぁ。
「それで〜、ラウラちゃん、もしかして剣をお探し〜?」
「えっ!? 分かっちゃいますか? もしかして知らないうちに話しちゃってましたか!?」
「少し前に剣が落ちてきたからね〜、持ち主はラウラちゃんなのかと思って〜」
ボチャボチャと水面を揺らし、ニムエさんは水中で何かを探す素振りを見せる。
しかし、私には剣を落とした覚えは全くないわけで、完全なる誤解だ。
そもそも剣を持ち歩いたら多分私、倒れる!
「何も落としていませんよ! 剣を持ったことすらない貧弱ウーマンです」
「それは鍛えたほうが良いと思うわー……落としてなくても、音したからね。多分、貴女のだと思うわー」
そう言ってニムエさんが白魚のようにほっそりと美しい腕で持ち上げたのは……落書きみたいな造形の剣だった。
私はこの剣を知っている。
知っているというか描いている。
そう、それは寝る前に剣を想像するために私が描いた描いたクソ雑魚ソードだった。
「私の微妙な画力が具現化してるー!?」
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