その51 気の所為ではない木の精霊さん
泉の近くに降りてみると、水辺特有の涼しげな空気が私たちの肌を湿らせ、潤す。
木々に囲まれる様に存在しているその泉は、空で見るよりもずっと大きく、小舟を漕ぎ出せばいいレジャーになりそうくらいだった。
透き通るように清らか泉の水面は、風に吹かれて小さな波紋を残す。
ここは、そう、清涼なる場所だった。
「冷たい風……どこから吹いているのでしょう」
「なんだかすっごい不規則に吹いてきてるよね?」
そう、風は右からも左からも、そして前からも後ろからも感じられて、なんだかしっちゃかめっちゃかで不思議な風向きだった。
風ってこんな感じで吹くものじゃないよね?
何か魔法が使われているとか……?
そう思って周囲を見渡していると……私はおかしなものを見つける。
初めはちょっと変わった木の一部だと思った。
けれど、それがこてんと首を傾げるように動いたことで、木でないこと思い知った。
い、生きてる!?
いや、木は最初から生きてるんだけどそうではなく!
「な、なんか動いてる!」
「気をつけてくださいラウラ様、枝に化けた魔物の類かも」
ジェーンが私を庇うように腕を掲げて、動く木の枝のようなものを睨みつける。
私も背後からジェーンと一緒によくよく見てみると……それは木で出来た長い鼻を生やす不思議な小人だった!
背丈は10cmほどしかなく非常にちっこい。
彼らは私たちを警戒してか、首を傾げてこちらを見つめていた。
その木の実のような瞳はつぶらすぎて、もうなんっていうかつまりー!
「か、かわいいー! 首をこてんって動かしいてるのが超かわいい! て、敵じゃないんじゃないかなジェーン? いや、敵なわけない! 可愛いは正義だもん! 正義=味方! きっといい子に違いない!」
「そうあって欲しいですが、あの、可愛い見た目の魔物はそこそこいますので……」
「分かる! 結構いるよね可愛い系モンスター! ツノの生えたウサギとか、二足歩行の犬とか、雪だるまモチーフのやつとか、あと、スライムなんかも可愛い系のモンスターかな? あれって倒しにくくない? 私は倒しにくい!」
ゲームにおけるモンスターは時にそのゲームのマスコットになるほどの魅力を秘めていることも多い。
だからこそ攻撃しづらい気がするんだよね……。
そんなモンスターたちと目の前の木の小人には同じような匂いを感じる。
「襲ってくるなら容赦はできませんが……敵意がなさそうなのは確かですね」
ジェーンの目から見ても木の小人さんは、明らかに無害なようで、ジェーンは掲げた腕を下げる。
実際、彼らはこちらを首を傾げて眺めめてくるばかりで、まるで襲いかかってくる雰囲気が感じられない。
むしろこちらが捕食者側なのではないかと、思えてくるほどだ。
「木の精霊さんとかかな?」
「どうでしょうか……精霊や妖精の類は見た目が色々ありすぎてよく分からないですよね。たまにどう見てもモンスターみたいなのもいますし」
「スプリガンとか?」
スプリガンとはずんぐりむっくりとしたドワーフのような外見の妖精さんのことで、主に遺跡に生息している。
その役目は妖精の護衛であり、体の大きさを自在に変えて戦うという超かっこいい設定もある妖精界きっての武闘派さんだ。
妖精の戦士だからこそ、見た目も威嚇的なのだろうと思う。
つまり、そんな妖精もいるほど、妖精とは多種多様であり、一概に見た目だけで、これが妖精、これが精霊とは言えないということだった。
あれ、そういえば妖精って聞き覚えが……。
「そうだ! ジェーン、ほら、最初に聞いた村の噂の『鼻の長い妖精』ってこの子たちのことじゃない?」
「あっ、あー! そういえばそんな噂もありました! ゆ、夢の中の話だったんですか……!」
ジェーンが最初に言っていた三つの噂話。
伝説の剣、鼻の長い妖精、しゃべるカラス。
その内、なんとここにきてカラスさんと鼻長い妖精さんの二つを確認できてしまった!
あとは剣だけ!?
「もしかしたらこの夢って、村にいる人がよく見る夢なんじゃないかな。だから、夢を見た人が朧げな記憶で語って噂になってるのかも」
「な、なるほどー! ……そんなこと欠片も思いつきませんでした! さすが魔法学院の賢者ことラウラ様です!
「そんなあだ名あるの!? むしろ愚者もいいところなのに!?」
思いつきを口が勝手に語り始めていると、それを聞いたジェーンがちょっと過剰なほどに目を輝かせて私を褒めてくれる。
甘やかしがすっごい!
このままでは甘やかされすぎて糖尿病になってしまう!
「適当言っているだけだから、あんまり褒めないでジェーン!」
「いいえ、ラウラ様は本当にお賢いです……! あの、私、なんだかんだ言って馬鹿なので、頭が良い人って本当に尊敬してやまないんです……!」
「いやいやいやいや! ジェーンは急に入学することになってまだ勉強の下地ができてないだけだから! というか、えっ? もしかして私とお兄様を尊敬してるのって、それが理由だったりする?」
「それ〝が〟理由ではありません! それ〝も〟理由です!」
ジェーンは握り拳を固めて熱くそう言い放つ。
その姿には好きなものについて語るオタクな姿が垣間見えていた。
そういえばジェーンは何故か私とお兄様を推しとまで言っているのだけど、なるほどそれは勉強面が理由でもあったんだ。
ジェーンに褒めてもらえるなら孤独に机に向かって勉強した甲斐があったというもの!
これからも頑張らないと失望されるかも……! 頑張らないと!
より一層、勉学に励もうと誓う私だった。
体力もつけなきゃなのに、勉強も頑張らないといけなくなってしまった……
今年の私の目標って文武両道なの!?
志が高すぎてエベレスト登っちゃってるなこれ。
絶対途中でくたばるだろうけれど、まあ、くたばるまでは頑張ってみよう……。
「でも、お兄様は結構文武両道だもんね……見習わないと! それにジェーンだって両方どっちも頑張ってるんだし……あれ、ジェーン?」
文武へのプレッシャーによって思考が飛んでいる間に、周囲は濃ゆい霧に包まれていた。
実に水辺っぽい光景だけれど、そのせいでジェーンを見失っちゃったんだけど!?
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