その48ドリームナイトのナイト様
ジェーンはベッドで横になると、本当に一瞬で夢の世界に飛び立った。
その寝顔はとても安らかで、白雪姫もかくやといった美がそこにはある。
久しぶりの実家のベッド+旅行の疲れがあったからだろうけれど、それにしたって早い。
ここまで寝付きがいいのは0.93秒で眠れる野比のび太くんくらいだと思われた。
私は生来の妄想過多に加えて『真実の魔法』によって独り言が漏れ出すという体質のせいで、寝るのはさほど得意ではないのだけど、その日はさすがに山の疲労もあって、かなりの眠気が私を襲う。
剣を思い浮かべながら寝るというのは、それなりに難しいことなのだけど、山で鍛えられた睡魔さんレベル99のおかげで、剣剣剣剣剣剣剣劍剣剣剣と頭の中で繰り返すうちに、気がつけば私も夢の中へ飛び立っていた。
お休みなさい、そして行ってきます。
★
前にナナっさんが私の夢の中に現れた時は、真っ白な空間が広がっていた。
それは私の好きな色だからという理由だったけれど、今回の夢の中はまるで違うものだった。
なんと私は気付けば夜の森の中にいた!
緑色の世界に驚きつつも、一瞬で私はそれを夢だと察することが出来た。
脳内で剣と唱え続けることで、今から夢の中に行くのだと強く認識していたためかもしれない。
「それで、えっと、どうすればいいの?」
一人呟くけれど、返ってくる声はない。
ただ森のさざめきが夜の闇に溶けていくばかりだ。
こ、これは困ったことになったかも。
なんと夢の中で迷子である!
自分の夢の中で迷うだなんて、自分を失って自分探しをするようなものだけど、深刻さはその比ではない。
一応、明晰夢なので操作できそうなものだけど、どれだけ頭を捻っても、力を込めても、不思議なことは起こらない。
夢は夢でも、もしかしたら普通とは違う夢なのかもしれなかった。
「剣ー! いませんかー!」
仕方ないので私は、森で迷子になったケンくんを探すように、大声で剣を呼びながら森を歩く。
正式名称は他にありそうなものなので、人間ー!って言ってるのとあんまり変わらないんだけどね。
はたから見れば明らかに馬鹿なそんな行動をしつつ、森を彷徨い続けると、ガサリと茂みが音を立て、揺れ始めた。
本当に剣が私の声に応えてくれたのかと思いきや、そこから現れたのは……巨大な狼だった!
デスエンカウント!
「うわー!? い、いかにもな森の敵さん! えっ!? お、狼への対処方法って死んだふりであってるかな!? それは熊!? いや、熊も死体食うだろうし駄目だよね!? というか私、喋りすぎてる! ゆ、夢の中なら『真実の魔法』って効かない話じゃなかった!? やっぱりここって実は純粋な夢の中とは別な感じ!?」
もうギャーギャーと狼相手に騒ぐけれど、そんな私を恐れる狼さんではなかった。
牙を光らせ、爪を尖らせ、狼さんは私に飛びかかってくる!
大声は獣に効果的って漫画で読んだのになー!
「し、死ー!!!!!」
リアルな死の恐怖から身をガチガチに固めてしまった私は、それでもなんとか回避行動を取ろうとするも、木の根に足をつまずき、綺麗にずっこけてしまう。
鈍臭すぎるぞラウラ・メーリアン!
もう何回こう思ったか分からないけれど、何回だってこう思う。
運動しておけば良かったってー!
「ラウラ様!」
絶体絶命な私の元に、背後から凛々しい声が響いてきた。
振り返る間も無く、声の主は私の目の前に飛び出してきて、黒い杖を振るう。
「『パッと咲くは華! サッと散るは貴方! ウィングラングフラッシュ!』」
詠唱の言葉と共に杖から放たれた緑色の丸い光。
それは周囲の木々を揺らし、散らし、倒す、とてつもない風の塊、突風の球体だった。
一直線に狼さんに向かって飛んでいく美しき球体は、狼さんに激突した瞬間、華のように広がり、その巨体を後方へ吹き飛ばす。
まるでピンボールのように弾き出された狼さんは、大樹に激突し、やがて、一つのうめき声と共に動かなくなった。
つ、つよい……。
そして華麗! この魔法使いさんの正体は!?
「大丈夫でしたか? ラウラ様」
「じぇ、ジェーン!」
風前の灯だった私の前に、颯爽と現れたのはなんとジェーンだった。
夢の中でまで素敵すぎやしない!?
もはやヒロインどころか王子様なんですが!
「あの、えっと、ら、ラウラ様本人ですよね? 私の妄想とかではなく」
「むしろかっこよすぎて私が私の妄想したジェーンを見ているのかと思ったけれど……ほ、本物だよね?」
「はい……証明方法はありませんが」
夢の中で違いの実在を示すのは至難の技で、そこはもう信じるしかないのかもしれない。
ただ、私は先程のジェーンの放った魔法も、詠唱も、まるで知らなかったので、その時点であまり夢っぽくはない。
それに私の妄想でなく、ジェーンは現実でもこれくらい強いはずだ。
「気が付いたら夢の中にいたんです……あの、私、あまり夢を見る方じゃないので、ここはただの夢ではないと思います」
「私もそう思ってたところ! 普通の夢なら私の『真実の魔法』は適用されないらしいんだけど、この世界では見ての通り口が止まっていないから、色々特殊なんだと思う」
「なるほどそんなルールが……その仕組みは私、初めて知りましたので、やっぱりラウラ様は本物ですね。 助けられて良かったです!」
本当の私を助けられたことを確認すると、ジェーンはほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、相手の知らないことを話すのが、この場では一番の自己証明になるようだった。
あんまりないけどね、他人が知らないけれど知ってみれば納得できる知識って。
「いやー、助けてくれてありがとうねジェーン! 命の恩人だよ! うん、本当に。完全に死を覚悟してたよ私」
「覚悟しないでください! と、咄嗟だったけれど、間に合って良かったです」
「それにしても、やっぱりジェーンって強いんだね!」
もちろん知ってはいたのだけど、こうして目の前で華麗な魔法を見せられると、魅せられちゃうよ!
大きな狼さんを一瞬で吹っ飛ばしてしまうあの風魔法。
そして凛とした詠唱!
まさにファンタジーって感じでテンションがガリガリ上がりまくる!
「普段よりも魔法の調子がいいんです! 一応、夢の中だからでしょうか?」
「うーん、夢の中かも実はよく分からない状況だよね」
「確かに、どこかに転送された可能性もありますよね。では、多分、ラウラ様の危機だったから、いつもより強くなれたんだと思います」
「か、かっこいいー!」
友のために強くなるだなんて、まさに主人公!
これが本物のヒロインさんなんだ!
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