その47 夢にまで見た夢の中


 ジェーンの部屋に私は来ていた。

 大きな家なので、客室もあるのだけど、そこはお兄様とナタ学院長が使用するため、私は必然的にジェーンの部屋で眠ることになった。


 ルームメイトなので、日常といえば日常なのだけど、どうしてだろうか、実家のジェーンの部屋と思うと、いつもより大興奮してしまう自分がいた。

 これはオタクというより思春期の男子化が進んできている……?

 男子とろくに会話もしてこなかったので、思春期の男子がどんなものかは、分からないのだけど。


「あの、なにもない部屋ですが」


 ジェーンが自分で言う通り、確かにジェーンの部屋は殺風景と言ってしまって良いほど物が少なかった。

 ベッドと机が置かれてるだけで、他はクローゼットくらいしか目立つものはない。

 絵や小道具といった飾り気とは無縁な部屋がそこにはあった。


「私は部屋がすぐにごちゃごちゃしちゃうから、こういう物が少ない部屋って憧れるところあるかも! もうね、物が多すぎるとたまにキッー!ってなって全部捨ててしまおうかと思うの」

「あっ、私もそんな感じなんです……学院に通う前に雑多な物は捨てて、必要なものだけカバンに詰めたので」

「じゃあ引越し後的な感じの物の少なさなんだね」

「元から少なくはあったのですが、そうですね……片付いた時には部屋が思いの外広くて驚きました」

「私のときはどうだったかなぁ……えっと、私の家、というかメーリアン家は放任主義でほとんど干渉されないのだけど、学院に行くことだけは絶対だったんだよね。それで部屋を片付けるときも――」


 話は気付けば弾んでいて、私の口は滑らかに動く。

 友達の家で、友達とおしゃべりをする……。

 なんて、幸せなのだろう。

 しかも、その友達が推しだというのだから、夢かな?


 ……夢?

 ちょっと待って! 何か引っかかる物がある!

 なんだろうもう少しで何かがハマりそうなそんな感覚。

 そういえば『知っていれば出会える。思いながら、見ていないのに見てしまうものを見よ』ってもしかすると……。


「ジェーン、フギンさんの言ってたのってもしかすると夢じゃないかな!」

「えっ……あっ、確かに夢は目を閉じてるのに見てしまうもので、条件に合っています! それに、知っていれば出会えるというのも、夢が知識由来だからと考えればしっくりきますね! すごいラウラ様!」

「ジェーンと一緒にいるのって夢みたいんだなぁって思ってたら、一気に閃いちゃった!」


 喜びながらジェーンと手を取り合って、その場で飛び跳ねる。

 このポンコツな脳がついに役立つときが!

 前世で明晰夢を見ようと夢について色々調べた甲斐があったというものだ。


 夢というのは基本的に、レム睡眠と呼ばれる状態で見ることが多い。

 このレム睡眠というのは要するに睡眠中に運動機能が制止されている状態のことで、寝ながらの激しい運動を抑制してくれているのだけど、例外的に目だけは急速に運動しているのだとか。

 それはつまり、脳が強い活動を見せていることを示しており、見てないのに、夢を見ている証左でもある。

 そして夢は自分の記憶を整理するために行われると言われていて、つまり、知っていないと夢の中で例えば推しなんかには出会えないわけで……考えれば考えるほど、この謎かけの答えは夢だ!


 ちなみに明晰夢とは夢だと知りながら夢を見ることで、自覚があるからこそ、夢を自由に変化させられるという本当に夢のような状態のことだ。

 狙って起こすことも可能であり、私は夢で推しと会うために色々やっていたのだけど……全て失敗! 残ったのは恥ずかしい夢日記の数々だった。

 あれが部屋に残されたまま死んだと思うと……いや、考えないようにしよう!


「では、剣のことを考えながら眠りにつけば、剣に出会える。もしくは、剣の更なる場所のヒントが分かるということかもしれません!」

「今気付けてよかったね……朝に気付いてたらもう一眠りしないといけないとこだったよ!」


 謎解きのために二度寝だなんて、真面目な行いのはずなのに酷く怠惰な光景だ。

 そもそも、私、二度寝苦手なんだよね……。

 二度寝して起きるとスッキリというより頭が揺れて軽い頭痛に襲われるのだけど、あれって私だけなのかな?


「ラウラ様、では早速寝ましょうか」

「え゛っ!?」

「どうぞ、こちらに」


 ポスンとベッドに腰掛けたジェーンがシーツを撫でるように、私をベッドへと誘う。

 ジェーンはあまりにも同衾に対して気安すぎないかな!?

 女友達というものを、いや、友達というものを持ったことのない私なので、その、距離感がまっっっっっっっったく分からないのだけど、これくらい普通なの!?

 私がど変態だから考えすぎてるだけ?

 

「本当に申し訳ない限りなのですが、もうベッドはこれしかないものでして……あの、お嫌なら私は床で寝ますが」

「それは駄目駄目駄目駄目絶対駄目! 嫌なわけないから! そうだよね! そんないっぱいベッドなんて普通ないよね! 大丈夫! 一緒に寝ようジェーン!」


 床にしなだれようとするジェーンを私は慌てて止めつつ、必死に、そして言い訳のように言葉を重ねる。


 冷静に考えてみれば、寝る場所なんてそんなにいっぱいあるものではない。

 一つしかない客室はお兄様とナナっさんによって使われているわけだし、ここでジェーンと一緒に寝ない選択肢を取るなら、それはジェーンを追い出すか私が追い出させるか私が男部屋で寝るかという最悪の三択問題になってしまう。

 そしてどの選択肢をとっても私は死ぬ! 特に最後!

 よって、一緒に寝るのはスペース的な問題で仕方がないことだったんだ。

 

「良かった。あの、私、寝付きが良すぎるので、すぐ寝ちゃうと思いますけど、あまり寝顔は見ないでくださいね……」

「ごめんジェーン、それは約束は出来ないかも」

「そ、そうですか……なら、仕方ないです」

「仕方なくはないよ!」


 横暴すぎる私の発言を素直に受け止めてしまうジェーンはもはや天使の具現化だった。

 天使がすでに何かの具現化な気がするけれども!


「あっ! そうだ」


 私はベッドに腰掛ける前に、カバンから一枚の紙を取り出す。

 この村の風景でも描こうと思っていたもので、メモにも使える優れもの。

 そこに私は剣を一つ描いた。


「お上手ですねラウラ様」

「超適当だからこんな剣存在しないだろってなってるかも……ほら、想像するにもこうやって形があった方がやりやすいと思って」

「それは良い考えですね! この紙を見ながら眠りにつくとしましょう」


 きっとこんな剣は現実にありはしないのだろう。

 何も見ずに描いた私のその剣は、なんだか子供のおもちゃみたいで、ちゃちと言っても良いほどだ。

 けれど、無いよりはマシなはず。


 こうして私たちは眠りにつく。

 果たして剣に出会えるのか、そんなことを夢見ながら、夢の世界へ、いざ行こう。


 

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