その35 嘘のつけないこの口で
「あの頃、儂は山に住んでいたのじゃが」
「……もうそれくらいなら驚かなくなってる自分に驚きます」
「一応は神域扱いだったその場所に騒がしくやってきたのがジェーンの母親、ジーナじゃった」
ジェーンのお母さんはもう大変に元気なお方なのだけど、どうやらそれは子供の頃からだったらしい。
ジェーンとジーナさんはぱっと見は似ていない親子で、かたや物静かで、かたや騒がしく、正反対にすら見える。
けれど、ジェーンも子供の頃はお転婆だったわけで、やっぱり似ているのだと思う。
「ジーナは年の近い友達がいなかったせいか、子供な儂の姿を見て大喜びでな、キャッホーと言っておった」
「それをリアルで言う人は見たことないですね……」
「儂が村の神じゃとかまるで考えなかったらしく、むしろ自分がお姉さんくらいの態度で『貴方、ここ神様いるから来ちゃ駄目なのよ? 私はいいんだけど!』と堂々と言い放つ姿をよく覚えておる」
「すごい唯我独尊ですね」
どんな論理でジーナさんの中で自分セーフの理屈が成り立ったのか分からないけれど、とにかく可愛いくて微笑ましい少女時代だったらしい。
見てみたかったなぁ……今は人妻なお母さんの少女姿を!
ちょっと倒錯的だろうか……?
でも、私、幼稚園パロ(キャラが幼児化する二次創作)とか好きすぎる人だから……! 人だから……!
「それからしばらくジーナと遊ぶようになって、かなり仲良くなった頃に、急に告白されたんじゃよ」
「罪のですか?」
「愛のじゃよ! 愛の!」
「ジェーンのお母さんに告白されたんですか!?」
にわかに面白い話になってきた!
それってすごいスキャンダルでは!?
と、ともすれば割と謎なジェーンの父親の正体がナナっさんということにもなりかねない!
ヤバイ! 気になる!
もう溢れ出る妄想が止めどなく脳内を浸し、表情にも漏れていたのか、ナナっさんはそんな私を見て少し呆れ顔になっていた。
「何か疑っておるようじゃが、子供の告白を受けるわけないじゃろ」
「そ、そうですよね! 大人ですもんね!」
オタク脳行きすぎて妄想が暴走して幻想に至ってしまっていた!
そうだよね! 大人だもんね!
それに、ジーナのお父さんは普通の大人の男の人だったはず。
別に死んでもないので、本当に影が薄いだけなんです。
母親に比べて父親の影が薄くなると言うのはゲームあるあるに入れたいかも。
「『私と付き合った方が身のためだと思うよ?』と言われてな、ビビったもんじゃ」
「ふふっ、独特な告白ですね」
もう半分脅迫みたいな個性的な告白に、私は思わず吹き出してしまう。
個性的な告白はえげつなく好き……キャラが出る告白こそ恋愛ゲームの重要部分だと思うし!
「その場で断ったら、走り去っていったんで、流石にショックじゃったのかと思っておったら……翌日普通に遊びに来た」
「心強すぎませんか?」
「それで何年か友達付き合いを続けていると、ジーナのやつ、彼氏を作ったんじゃ。儂に告白したのに、儂に告白したのに」
「未練すごいありますね……」
「それで気付いたら『真実の魔法』が解けておった」
「どう言うことですか!?」
急に『真実の魔法』に話が戻ってきたと思ったら、もうすでに魔法が解けていた!
そんなことある!?
確かにナナっさんは「よく分からないけど解けた」とは言っていたけれど、ここまでよく分からないとは予想外!
えっ、失恋ってこと?
失恋で『真実の魔法』が解けるってことなの!?
因果関係が謎すぎるよ?
むしろ恋したら解けるならまだ分かるのに!
「失恋するとなんで魔法が解けるんですか?」
「別に失恋しとらん! 何年経とうとジーナは儂にとって子供なんじゃから! え? 儂に告白したのに?ってちょこっと思っただけじゃ!」
「私、恋したことないから分からないんですが……それが失恋なのではないですか?」
「正直、儂も恋したことないから分からんのじゃ」
ナナっさんは拗ねるように赤い顔でそっぽを向いて、人差し指イジイジと動かしている。
ちょ、ちょっと照れてる?
嘘でしょ!! あのナナっさんが照れてるの!?
あの豪放磊落にして洒々落々、天衣無縫で天真爛漫なナナっさんが!?
可愛さのC-4爆弾だよそれは!
Cute×Cute×Cute×CuteでC4な爆発力!
同時に、この場の恋愛偏差値低すぎ問題が発生していた。
私もナナっさんも恋がよく分かっていないので、何が解除の鍵になったのかすら分からない!
まさかここで最も苦手な恋愛力が問われる展開になるとは……。
恋愛ゲームの世界だし、それが当然なのかなぁ!?
「というわけで、儂が知っているのはここまでじゃ……役に立つか微妙な情報ばかりで本当にすまん!」
「い、いえいえ! あの、役に立つ情報ばかりでした」
そして萌える情報ばかりだった!
今回のことで分かったことは……推しの昔話は健康に良いということ!
そして『真実の魔法』の鍵はもしかするとジェーンのお母さんが握っているかもしれないということだ。
「あの村には儂の魔法の痕跡も多いし、『真実の魔法』が解けたのもあの村じゃから、場所も関係あるかもしれん。まあ、旅行ついでに調べて見るのもよいじゃろう」
「あの、本当にありがとうございました!」
黒歴史というだけあって、ナナっさんにとって恥ずかしい話も多かったというのに、本当に感謝しかない……。
私の推しは半分は優しさで、残り半分は慈愛で出来ている。
「別にいいんじゃよ。元はといえば自分が蒔いた種じゃ。ラウラウには申し訳なく思っておるし、それに儂はお主のこと結構好きじゃしな」
「す、す、好きはあの、別の言い方で」
「じゃあ、そうじゃな……推しで良いじゃろう」
「推しですか!?」
お茶目な顔でナナっさんがそんな事を言うので、私は思わず椅子から滑り落ちる。
推しを推し続けていたら、何故か私が推しに推されている謎の状況が爆誕してしまった!
こ、これならまだ好きの方が……いや、それは私の心臓が持たないし、でも推しもなぁ!
「儂はな『真実の魔法』を儂の望む形で、良い子になるための魔法としての形で、その実現を見せてくれたお主に、結構感謝してるんじゃよ」
「そ、そんな大層なことは……」
「謙遜も美徳と思っておくかのう……さて、目を覚ましたらお主はまた馬車の中じゃ。儂も合流するつもりじゃが、来なかった時は怖気付いたと思ってくれ!」
その言葉を最後に私の意識はどんどんと薄れていく。
ナナっさんは最後までユーモアたっぷりで、そして愛らしく、優しかった。
私は最後の一言を伝えるために、必死に喉を振り絞る。
喉を締め付けていたような感覚は、いつのまにか、すっと消えていた。
「ありがとうございますナナっさん! ナナっさんの過去に恥ずかしいところなんてないって、かっこいい過去だったって、私、ちゃんと伝えてみせますから! 嘘の言えない『真実の魔法』で!」
「……その愛を忘れるでないぞ!」
親指をぐっと立てて、明るい笑顔でナナっさんは私を夢の世界から送り出す。
そして気がつくと……揺れる馬車に私は戻ってきていた。
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