その34 萌える過去

「うちの家がその『真実の魔法』を取っちゃったんですよね?」

「ごちゃごちゃになると面倒なので儂の生み出した元祖『真実の魔法』はもう『素直の魔法』と呼んでよいぞ」


 確かにどちらの『真実の魔法』のことを言っているのか分かりにくいので区別分けは必要なのだけど……。

 当家が完全に乗っ取ったみたいで大変に心苦しいんですけども!


 まるで、元々はパンダと呼ばれていたのにジャイアントパンダにその地位を奪われ、小さい方のパンダという意味の名を与えられたレッサーパンダのよう!

 どちらも可愛いという意味では同一なのに!

 ナナっさんも小さいしこれでは『レッサー真実の魔法』だ。


「まあ取ったといっても一瞬で取れるものではない。まず人がやってきたんじゃ」

「そうですよね……魔法って見ただけで使えるなんてものじゃないですよね」


 それくらい簡単だったら私だって魔法を使えているはずだ。

 ということは、長い間ナナっさんはメーリアン家の者と一緒にいたということ?

 まさか誘拐!?


「さ、さらわれたんですか?」

「さらわれてはおらんが、まあ人が来たんじゃよ」

「人が?」

「そう、儂の噂を聞きつけたメーリアンの家の者が村にやって来たのは、『素直の魔法』を生み出した数ヶ月後くらいじゃった。そいつはクロウム・メーリアンと名乗る男で、今にして思い出してみると、ジョセフに似ておったな」


 クロウム・メーリアン。

 恐らくは私たちの祖先であろう人物なのだけど、お兄様似という彼の名前を私は残念ながら聞き覚えがなかった。

 私は分からないけれど、聡明なお兄様に聞いてみたら、もしかすると分かるのかも……?


「当家がご迷惑おかけしております……」

「やってることは当時としては普通なんじゃがな……それで儂のことを気に入ったクロウムは一緒に街に来ないかと言って来たんじゃ」

「えっ!? う、受けたんですか?」

「受けた、楽しそうじゃったからな。それでしばらく一緒に暮らしてたんじゃよ」

「一緒に!?」


 もう信じられないほどに怪しげなクロウムになんとナナっさんはついて行ってしまったらしい。

 ほとんど誘拐な気がするけれど、同時に私のオタク脳が興奮し始めてしまった。


 ショタと影のあるお兄さんの組み合わせが好きなものだから!

 メーリアン家はなかなかの悪の巣窟のはずなんだけど、私、ヴィランもかなり好きなものだから……!

 オタクは闇系に目覚める時期が必ず一度はあると私は断固として主張する!

 ……あ、あるよね? 私だけじゃないよね?


「クロウムはどんな人だったんですか!」

「急にテンション上がって来たのう? そうじゃな、鋭い目つきと同じで鋭い性格をしておった。抜き身のナイフのような男じゃったよ」

「うっ!?」


 私は心臓を押さえつけて縮こまる。

 ううっ……好きなタイプだ!

 お兄様をさらに鋭くしたらそんなのもう性癖の名刀になってしまう!


「家族も儂の化物さは村に収まるものではないと思っておったし、結構すんなり街に行ったんじゃが、なかなか楽しい日々じゃったな。新たな魔法を蒐集するために怪事件を解決したりもしたものじゃ」

「か、怪奇モノ探偵小説みたいな設定!」

「『即死の魔眼』という事件を解決したのも儂らじゃ。あの目はあの後どうなったんじゃったか……」

「エピソードがカッコ良すぎませんか!?」


 もう『魔法蒐集家クロウム&ナタ』とでも題されそうな、イケメンな過去に、私はもう驚きと興奮で大変だった。

 好きすぎる設定! 萌えすぎるバディ!

 

 もっと陰鬱な過去を予想していたのだけど、どうやらナナっさんは昔から楽しい人だったようで、地元を離れたくらいでは暗くはならないらしい。

 でも、ここから魔法が鹵獲される話になるはずで……。


「儂としては仲良くやってたんじゃが、クロウムは冷たい鉄のような男でな、その真意は最後まで分からんかったが……結局、『素直の魔法』を巡って関係は決裂し、儂は負けて地元に帰った」

「な、ナナっさんも負けることがあるんですね」

「今なら勝つ! じゃが、当時はまだ精神的にも甘いところが多かったからのう。そして、負けた代償は大きかった」


 ナナっさんは自分の小さなお口に触れると、まるで投げキッスをするように私に唇を示す。


「やつから儂は『真実の魔法』を受けたんじゃよ」

「……えっ?」

「まあ、じゃから儂とラウラウは似たところがある。同じ魔法の被害者という意味でな」

「えええええええええええええええ!?」


 な、ナナっさんも『真実の魔法』を受けていたなんて!

 えっ、今日は驚愕のバーゲンセールなの?

 驚きの驚き率だよ?


 でも、い、言われてみれば確かにナナっさんの異常なテンションの高さと子供のような素直さは『真実の魔法』をかけられた人間と酷似している。

 嘘をついた姿も見たことはないような……。


 だとすると、ナナっさんほど生きても『真実の魔法』は解けないってことなの!?

 それは絶望的すぎる情報じゃない?


「そう絶望するでない。儂の魔法は解けておる」

「えっ!? て、テンションとかすっごい高いし素直なのに?」

「それはじゃな、儂は元々そうなんじゃ」


 あっ、それは素だった!

 ナナっさん、素で私と同等かそれ以上の言動をしてるんだ!

 さすがナチュラルボーン、子供!

 永遠に幼い禁断の果実!


「じゃ、じゃあ、『真実の魔法』は解除できるんですか?」

「できる! ……と思うんじゃが、うーん、これが儂もよく分かってないんじゃよ」

「というと?」

「儂は村に帰ってから暫く、『真実の魔法』に絶望してもう好き勝手に、そして我が儘に生きておった。……今考えてみれば情けない話じゃな。ラウラウは明るく過ごしておるというのに」

「い、いえ、みんなが素敵すぎるし優しいおかげですので」


 私とナナっさんとでは状況が違う。

 長く一緒に暮らしていた相手に、そんな魔法を使われたのでは、絶望も深いだろう。


 それにやっぱりみんな推しだしね……!

 推しに囲まれた状況で絶望するオタクなんている? いやいない!

 推しはそもそも私の希望なんだから。

 

「そんな事を100年くらいしてたら、まあ、神のように扱われておったわけじゃな」

「ひゃ、100年!」

「崇めておけば儂も手助けくらいはするし、我が儘な態度も嘘のつけない言動も、神っぽかったからのう。しかも100年ずっと子供じゃったし」


 それは確かに神としか思えない存在で、崇める村人の気持ちも分かろうというものだった。

 私は白髪のショタが目の前に現れただけで拝み倒す自信あるくらいだ。


 それにしても、とても不思議な話だった。

 大天才の魔法使いが街に出て騒がしい日々を過ごし、仲間と喧嘩して、最後には『真実の魔法』によって神になることを余儀なくされる。


 一つの物語のような過去に私は魅了された。

 ナナっさんのことをもっと好きになってしまう……えっ、なんで攻略キャラじゃないの?

 直前でショタ規制でも食らったの?

 ……普通にありそうで悲しい!


「それで『真実の魔法』はいつ解けたんですか? し、自然に時間が解決したとか……?」

「その可能性もあり得るが、解けたタイミングが不思議でな。もう神もやめようかと思っている頃に、ある少女が儂の前に現れたんじゃ」

「少女ですか?」

「うむ、その少女はジェーンの母親なんじゃがな」

「そ、そこで出てくるんですか!」


 ジェーンの母親とナナっさんが知り合いであることは知っていたのだけど、まさかこのタイミングで現れるとは。

 『真実の魔法』解除の方法に、まさかジェーンの母親が関係しているのだとすれば、私の予想は当たっていたことになる。

 そう顔の良い女と主人公の母親の話は重要なんだという予想が!

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