その33 素直な真実
「な、が、学院長の過去、ですか」
「ナナっさんでよいぞ。まあ、この真っ白な世界には似つかわしくない話じゃが」
「白々しいくらい、白いのはなんででしょう……」
「夢は記憶と直結しておるから、ラウラウの経験がこの白さを産んでおる。あとは、単純に白が好きな色なんじゃろう」
「あっ、確かに、好きです」
乙女の肌は白ければ白いほど良いと思ってるほどの白信者である。
褐色肌はそれはそれで好きなので褐色信者でもあり、信心も何もあったものではないのだけど。
でも、褐色肌の子も、結局白い髪とか白い服を着て欲しい気持ちはあるので、白い色が最終的には好きなのだと思う!
この理屈で行くとナナっさんは赤が好きでこのちょっとヘンテコな椅子が好みだということになる。
なるほどそれは説得力があるので、きっと私は自分が思ってる以上に白が好きなんだなぁ。
「でも、なんで私だけに話すんですか?」
「それはじゃな……お主は今、嘘をつけないじゃろ? じゃから、結局そこから広まると思ったものでな」
「あっ、それはそうですね」
「別にそれ自体はいいんじゃが、どうせ話すならラウラウと一対一の方が恥ずかしさが薄いし、手間もかからんからのう。ラウラウは儂の今日の話をみんなに存分に広めてくれ」
「いいんですか?」
「良い良い! もう広めまくってくれんと逆に困るくらいじゃ」
「じゃあ、はい、頑張ります?」
頑張って噂を広めてくださいって私、初めて言われたかもしれない。
でも、あんなに早口で語りまくっていると言うのに、いざ広めろと言われると逆に難しい気がしてくるから不思議だ。
まあ、トーク力はないからね……!
「他の連中は儂を苦手に思っておるしな。その点、ラウラウから伝えてもらえれば、好意によって話が良い感じに加えられて伝わるし、『真実の魔法』で嘘だとも思われんからな! これぞ情報操作よ!」
「か、かしこい……」
平べったい胸を張るナナっさんの言葉にはなるほど説得力がある。
それは『真実の魔法』の上手な使い方だった。
私は間違いなくナナっさんを良いように言ってしまうだろうし、そしてその言葉には嘘偽りがない!
知らず知らずのうちに、私が情報を操作している形になってしまっているのだ!
何という知将! 『真実の魔法』で言ってしまえば少し嘘を吐こうとするとは!
「ガッハッハ、そんなわけで話していくぞ! あれは儂がまだ子供だった頃の話じゃが」
突如話し始めたナナっさんの過去話に、私は今でも子供では!?と思ったけれど、『真実の魔法』なしではツッコミは入れづらい!
コンプレックスだったら申し訳なさすぎるし、そうじゃなくてもやっぱり失礼だもん!
「今でも子供では!? って顔をしたな?」
「あっ、え、ええっと、は、はい」
「儂にも正真正銘、生まれたばかりで子供な頃があったんじゃよ。信じられんじゃろうが」
「そこは、流石に信じますよ?」
かつてうなぎは泥から自然と生まれるとか、岩に体を擦り付けたらその欠片から生まれるとか、色々言われていたのだけれど、ナナっさんもその類!
なんてことは流石にあり得ないわけで。
それはもう神っていうか、妖怪みたいだしね。
いや、でも、神って結構変な生まれ方するしな……う○こから生まれた神とかいるくらいだし。
まさかナナっさん、本当に泥から!?
「ちゃんと人の胎から生まれておるからもしや!?みたいな顔するのはやめよ!」
「すいません……それでどんな子供だったのですか?」
「儂は昔から大・天・才でな! それはもう魔法の扱いに優れた子供じゃった」
「今でいうジェーンですか」
「それ以上じゃな! もうずっと上じゃよ! いやはや、本当に異常な程じゃった」
「そんなに」
幼い頃に独学で魔法を扱い、空も飛んでいたというあのジェーンより上だなんて、それは確かに天才を超えて大・天・才と評するしかないかもしれない。
もしかすると、そんな似た過去を持つジェーンだからこそ、ナナっさんは彼女に過剰に優しかったり?
だとすれば、それは天才故の苦悩や孤独を感じさせる話だった。
ナナっさんは真っ白な世界を眺めつつ、自称黒い過去を、黒歴史を話続ける。
「儂はもう幼い頃には自由に魔法を作り出しておっての。空に透明な橋をかける魔法じゃとか、風で人の呼吸を補助する魔法じゃとか、色々生み出しては適当に忘れたり人に教えたりしておった」
「凄すぎて言葉もありません!」
あまりにもすごいものだから、私の控えめな口も、少しだけ大きな声が出てしまう。
魔法なしの私に少しでも大きな声を出させるなんてとんでもないことだよ!
ナナっさんの子供の頃の偉業は、それくらいのインパクトがある。
しかし、ナナっさんにとってそれらは苦い思い出のはずで、それは不思議なところだった。
ナナっさんなら誰相手でもすぐに自慢しそうなものなのに。
そう思っていたけれど、話かここからが本番だった。
「そんな偉業にして異形な過去があっても、子供は子供でな。儂は大人たちの言う嘘を言ってはいけないという言葉を真剣に受け止めて、そのための魔法をある日作った」
「えっ、それって……」
「そう『真実の魔法』じゃよ」
「な、ナナっさんが生み出してたんですか!!」
ついに少しどころではない大声で、私は驚き叫んだ。
私の体にかけられた『真実の魔法』。
それは当初、メーリアン家……当家の魔法だと思われていた。
しかし、それは鹵獲した魔法で、ジェーンの地元の村、テルティーナ村から奪い取った魔法だと後に分かる。
そして今はその魔法がナナっさんの作り出した魔法だと聞かされているという流れで……この魔法にこんなに歴史があったなんて。
人に歴史あり、ならば道具にも魔法にも歴史があるのも自然なことかもしれない。
その始点がナナっさんなのは驚きしかないけれど。
「前に言ったじゃろう。【素直になる程度のこっちの方が『真実の魔法』なんじゃがな】と」
確かにそのセリフには聞き覚えがある。
私は必死に自分の頭の中を探り、時間を巻き戻しながら、そのセリフを聞いたタイミングを探った。
推しの言葉が私の脳内で一言一句記憶されているはず!
唸れオタクの愛と知恵!
そして頭をフル回転させて辿り着いたのは、ローザだった。
そうローザにかけられた『真実の魔法』の弱い版、言わば『素直の魔法』と評したあの魔法。
あの時、ナナっさんは確かにそんなことを言っていた。
【素直になる程度のこっちの方が『真実の魔法』なんじゃがな】
この言葉の真意はつまり……「今の『真実の魔法』は言わば偽物であり、『素直の魔法』の方が正しい」ってことだったんだ!
つまりナナっさんが子供の頃に生み出した魔法というのは。
「『素直の魔法』がオリジナルな『真実の魔法』だったんですね」
『素直の魔法』こそが真実の『真実の魔法』だったんだ。
考えてみれば『真実の魔法』なんて名前で拷問用なのは最初からおかしかった。
もっと無機質な名前になりそうなものである……『自白魔法』とか。
元は純粋な目的だったからこそ、名称も純粋なものだった……そう考えると腑に落ちる点は多い。
ナナっさんは私の言葉に深く頷いて、肯定するように言葉を紡いでいく。
その言葉には少しの悲しみがこもっていた。
「そういうことじゃな。当初は素直になる程度の魔法じゃった。怒られたりして動揺すると嘘がつけなくなる魔法、悪ガキ対策に重宝されたわい」
子供の頃のナナっさんは完全に嘘が吐けなくなり、自動で口も動き出し、一生解除もされない……なんて魔法は想定していなかったのだろう。
『真実の魔法』は当初、実に子供らしい魔法だったんだ。
「そもそも儂が『真実の魔法』の期限を自由自在に操れることで気付けるやつもいると思ったんじゃが、意外とおらんかったのう」
「ナナっさんが大魔法使いすぎて、何でもできるんだとばかり……」
「禁呪をここまで使いこなせるのは、もう開発者くらいじゃよ」
言われてみればその通りなのだけど、見ての通りナナっさんは無茶苦茶な人で、何をやっても不思議でないキャラクター性も相まって、誰もそのことを気にもしなかった。
みんなから怪しいと思われているにもかかわらず、お兄様やヘンリー様にまで疑われないのは、その実力と性格があってこそだろう。
「まあ、そんなわけで謝らせてくれラウラウ。原因は儂にこそあったんじゃよ……すまなかった」
ナナっさんは私に向かって深々と頭を下げる。
けれど、私は全くナナっさんが悪いなんて思えなかった。
悪いのは明らかに他にいる! それは!
「悪いのは結局当家ですよ!!!!!」
そう、悪いのは結局当家に違いなかった!
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